マックスの創業は、1942年。当時の社名は山田航空工業で、零式艦上戦闘機の尾翼部品の製造から事業をスタートしました。終戦を迎えると「平和産業に徹し、文化に貢献する」との理念を掲げて山田興業へと社名変更。戦闘機部品の製造で培ったプレスの技術を生かし、1946年からホッチキスの製造を開始します。
当時は、いくつものメーカーがホッチキスを手掛けていました。そうした中でマックスを確固たる存在にしたのが、1952年7月に発売した、ハンディータイプの小型ホッチキス「SYC・10」でした。それまでのホッチキスは紙綴器などとも呼ばれ、机の上に置いて手のひらでレバーを押して使う卓上型でした。大きく重量があり、値段も高く、オフィスで1台購入して共同で使うのが一般的でした。
「とじるだけの機能に徹し、部品点数を最小限にし、低コストに抑える」をコンセプトに開発された「SYC・10」は、そうしたホッチキスの常識を覆しました。部品点数は8点のみ。手のひらで握る小型サイズで、重さも軽量です。指先の力だけでとじることができるため使いやすく、価格は従来のホッチキスの半値以下という、まさに画期的な商品でした。「SYC・10」によって、オフィスに1台の事務機器だったホッチキスは1人1台の文房具となり、さらに家庭にも普及していきます。
1954年には社名を現在のマックスに変更し、それに伴って小型ホッチキスの名称を「MAX・10」としました。以降、「マックス」がホッチキスの代名詞となり、文房具店では「マックスください」という声が聞かれるほどになりました。
ここから、「ユーザーの声を取り入れて改良を施す」をポリシーにマックスは細かな改良を重ねていきます。1956年には、手が滑らないようにするためハンドルの先端に五角形の半透明ヘッドを追加。1959年には針を取り外すためのリムーバをフレームの末端に取り付け、利便性を高めました。
ユーザーの声を取り入れるということに関しては、こんなエピソードがあります。
マックスのマーケティング担当者が出張で新幹線を利用したときのこと。スーツ姿の女性が卓上型のホッチキスを使い、肩で息をしながら分厚い書類を何冊も作成している姿が目に入りました。それまでの小型ホッチキスは20枚のとじ枚数が限界で、それ以上になると卓上型を使わざるを得なかったのです。
マーケティング担当者は後日、その女性が勤める企業を訪問。卓上型のホッチキスを使っている人たちから意見を拾っていきました。聞こえてきたのは「とじる際にも、針を引き抜く際にも力がいる」「とじるとき、いちいち席を立たなければならないので面倒」といった声です。
そこでマックスは、軽い力でとじられる機構を開発するとともに、新しい規格の針の開発にも着手。卓上型ではないハンディータイプで、通常の倍に当たる40枚の書類をとじられるホッチキスを作りました。倍のとじ枚数から「Vaimo(バイモ)」と名付けられたこの商品は、「分厚い書類も片手でラクにとじられる」「とじるときに席を立つ必要がない」と評判を呼びます。
現在、マックスのホッチキスのハンドル部分には予備針を収納できるようになっていますが、これも高層ビルの各階に荷物を届ける配送業者の「針がなくなったとき、わざわざ車まで針を取りに行くのが大変」との声から生まれたアイデアでした。
オフィスを飛び出し、食品分野や建築分野でも活用
ホッチキスの普及により、その活躍の場はオフィス以外にも広がっていきました。例えば食品分野。食品会社で卵のパックや弁当の蓋などをホッチキスで留めるようになります。しかし1990年代、安全のために金属針の使用が問題となります。食品への混入を避けるため、工場はもちろん、併設されたオフィスへも金属針の持ち込みが禁止になるほどでした。
しかし、食品分野で「とじる」ことの必要性がなくなったわけではありません。こうした状況でも使えるホッチキスを求める声に応じて考えられたのが、金属針ではなく紙の針でとじるホッチキスでした。強度と耐久性を十分にするため開発に7年もの期間をかけ、2014年に紙針ホッチキス「P-KISS20」を完成。食品会社の声に応えました。
食品分野以前にマックスのホッチキスが貢献したのが建築分野です。ホッチキスは開いたまま壁などに打ち込むことで、ポスターなどを貼る「タッキング」と呼ばれる使い方ができます。その使い方専用の「ガンタッカ」と呼ばれる工具を開発し、建築分野で広く普及させました。
さらに圧縮空気でタッキングを行う「ネイラ」を開発したのもマックスです。その後「ネイラ」を、ステープル(ホッチキスの針)だけでなくくぎを打てるタイプへと進化させました。その結果「ネイラ」は、今では建築現場に欠かせない電動工具にまでなっています。
大ヒット商品を開発しても、その勢いは続かず事業が先細りになるケースは珍しくありません。そんな中、マックスは大ヒットに甘えず、その後も販売店の声を聞いたりデータを解析したりするのはもちろんのこと、ユーザーの声にじかに耳を傾けて、商品を進化させ、使い方を広げ続けています。この姿勢が、マックスのホッチキスがロングセラー商品になっている秘訣なのかもしれません。