お湯を注げば3分で食べられる「カップヌードル」。残業時の腹ごしらえなどに利用しているビジネスパーソンもいるかもしれません。日清食品のカップヌードルは1971年に発売を開始し、2016年には世界累計販売食数が400億食を突破。世界中で売れ続けている商品です。
カップヌードル開発のきっかけは、当時、同社の看板商品だった「チキンラーメン」の海外展開でした。
繊維業を手がけるなど戦前から事業家としての資質を見せていた安藤百福(あんどう・ももふく)は、終戦後、闇市のラーメン店に人々が長い行列ができるのを見ます。そこで、家庭ですぐに食べられるラーメンの開発を決意。早朝から深夜まで自宅裏庭の小屋にこもって研究を続け、「天ぷら」の原理を応用して即席麺の製造に成功。1958年、世界初のインスタントラーメン、チキンラーメンを発売しました。
「お湯をかけて2分でできるラーメン」をキャッチフレーズにしたチキンラーメンは、その便利さとおいしさで大ヒット商品になります。そして1966年、チキンラーメンを世界に広めようと考えた安藤は、アメリカへ視察旅行に出掛けました。
ロサンゼルスのスーパーを訪れたときのこと。担当者にチキンラーメンを紹介すると、彼らはラーメンを小さく割り、紙コップに入れました。そしてお湯を注ぎ、紙コップを手で持って、フォークで食べはじめました。
この光景を見て、安藤は驚きました。日本では、ラーメンは丼で食べるのが常識です。チキンラーメンも、日本では丼に入れて、箸で食べられていました。しかし、ラーメン文化がないアメリカにはそうした常識はありません。そもそも、アメリカには丼が存在しません。
またアメリカでは、ハンバーガーなどを手で持って歩きながら食べている光景も見かけました。インスタント麺を世界展開するには、丼と箸で食べるという日本の食習慣にとらわれていてはいけない……。ここから、カップを手で持ちながら食べられる、新しい形のインスタント麺の開発が始まります。
試行錯誤を経て、世界に通用するロングセラーに…
カップの素材には紙や金属などさまざまなものを試しましたが、軽くて断熱性が高い発泡スチロールを最終的に選びました。ただ、このカップにどうやって麺を収めるかが問題でした。普通に麺を入れると麺がカップの中で動き、輸送中に麺が割れてしまうからです。その解決方法が、麺の大きさをカップの底より少し大きくすることでした。こうすれば麺はカップの中ほどで保持されるので、むやみに動くことはなくなって、破損は少なくなります。
この「中間保持法」は、麺にお湯が均等に行き届くという点でも優れたものでした。しかし、次に機械では想定通りに麺を収めるのが難しいという問題が発生します。麺が少しでも傾くとカップの中で斜めになったり、ひっくり返ったりしてしまうのです。この点を解決しない限り、生産ラインに乗りません。
思案に暮れていたある晩、安藤が床に就くと、天井がぐるっと回ったような感覚に襲われました。ここでひらめきます。カップに麺を入れようとせず、麺を置いてカップをかぶせればいいのではないか…。このアイデアを試してみると、きちっと麺が収まります。これで、製品化への道筋がつきました。
こうした試行錯誤があり、カップヌードルは1971年9月に発売を開始しました。翌年のあさま山荘事件のとき、2月の寒さの中で機動隊員がカップヌードルを食べている様子がテレビに映り、これをきっかけに知名度が一気に上がって売り上げは急伸しました。
1973年には「Cup O’Noodles」の商品名でアメリカに進出。そこからブラジル、シンガポール、香港、インド、オランダ、ドイツ、タイなどに拠点を広げ、安藤が考えたように世界で愛される商品になっていきます。そして発売開始から40年以上が過ぎた現在も、カップヌードルは世界の80を超える国・地域で発売されるまでになりました。
今でこそ袋入りのインスタント麺も世界でポピュラーになっていますが、60年代にはまだまだ珍しいものでした。そこで袋入りのインスタント麺だったチキンラーメンをそのまま海外に持っていくことなく、海外の食文化に合わせてカップ入りにしたのは安藤の眼力でした。
カップヌードルは日本で発売を開始しましたが、最初から海外市場を意識した商品でした。カップに入っているロゴも海外進出を見据えて英字を大きくし、カタカナは小さくなっています。日本で発売した当初、カップヌードルにはプラスチックのフォークが付いていました。これも海外の食文化のスタイルを意識したものです。
安藤は「どんなに優れた思い付きでも、時代が求めていなければ、人の役に立つことはできない」という言葉を残しています。インスタント麺という優れた思い付きは、そのままではすぐには世界に受け入れられない。ロサンゼルスのスーパーで担当者がチキンラーメンをコップに入れたとき、安藤はこのことを見抜いたのでしょう。
そして、丼に入れて箸で食べるというそれまでの固定観念を捨て、カップに入れてフォークで食べるというスタイルへと大胆に発想を変えました。この柔軟な発想の転換が、世界的ロングセラー カップヌードルを生んだ原点ではないでしょうか。