刃を折れば真新しい刃先になるカッターナイフは、刃を研いだりする手間がなく、常に切れ味を鋭く保つことができるとても便利な商品です。この「折る刃式カッターナイフ」は、オルファ株式会社が世界で初めて考案したもの。1960年の発売以来、60年にわたり世界で愛用され続けているロングセラーです。
オルファの創業者・岡田良男は、印刷紙を断裁する大阪の町工場の家に生まれました。手先が器用だった良男は、家計を助けるためにいくつかの仕事に就いた後、印刷会社で働き始めます。
もったいない。使い続けても切れ味が悪くならないカミソリができないものだろうか−−。こう考えていたあるとき、良男は路上で靴を修理している職人の姿を目にします。靴職人は、ガラスの破片を使って靴底などを補修しています。そして、ガラスが擦り減って先が鈍くなると、破片の先を割って新たにとがらせていました。
この様子を見ていた良男は、敗戦後、進駐軍の兵隊が持っていた板チョコを思い出しました。板チョコには筋が入っていて、ポキンと割ることができます。そうか、板チョコみたいに刃に筋を入れて折れるようにすれば、靴職人のガラスと同じように1枚の刃を何度でも使えるようになる−−。
アイデアには自信を持っていたものの、刃が折れるようにするには、その部分に溝を入れなければなりません。しかし、溝を入れると強度が落ち、使っている最中に刃が折れてしまう可能性があります。使っている最中は強度があり、折るときは簡単に折れる刃にするため、長さ・厚さ・形、溝の深さ・角度などを変えながら、手作業で試行錯誤を繰り返します。
こうして1956年、ようやく世界初の「折る刃式カッターナイフ」が完成しました。刃先の角度は59度。使っているときに折れにくくするためスライド式にして、刃先だけがホルダーから出る形になっています。実用新案も取得し、あとは売り出すのみです。
しかし、印刷所を手伝う身だった良男には、市販化しようにも資金がありません。大手メーカーに製造を持ちかけますが、画期的なアイデアが理解されず、「こんなものは売れない」とどこからも断られてしまいます。
仕方なく町工場に製造を依頼しましたが、出来上がった3000本は仕上がりがバラバラです。こうなったら自分で直すしかないと良男は3カ月かけて一本一本手直しし、飛び込み営業で売り歩きました。
やがて協力会社が見つかり、1960年に正式に発売を開始します。当時の製品名は「シャープナイフ」でした。高額だったこともあり、印刷会社など業者からの需要が想定されましたが、その利便性から一般家庭にも受け入れられ、シャープナイフは広まっていきます。
1967年、良男は協力会社から独立し、兄弟たちと岡田工業を創業しました。当初、ナイフ本体の色は茶色でしたが、このときに現在でもおなじみの黄色に改めています。これは、道具箱の中で目立つ色にすることで、けがなどをしないようにするための配慮です。
さらに、海外への輸出も視野に入れます。「折る刃(OLHA)」を海外でも発音しやすくするため、ブランド名を「OLFA」としました。折しも、アメリカの大手工具メーカーがカッターナイフに進出するということで市場も拡大します。1968年、OLFAは北米への輸出を開始しました。
この頃、国内では住宅ブームが起こり、新建材や壁紙などの切断のため、カッターナイフの需要が大きく伸びます。OLFAのカッターナイフも急速に売り上げを伸ばしていきます。
1984年に社名をオルファとした後も、良男が発明したカッターナイフは世界で使われ続けています。刃を折ることができるカッターナイフは他にもありますが、オルファの59度という刃先の角度、9ミリまたは18ミリという標準的な刃の幅は世界的な規格となっています。
今でこそ当たり前のこの規格ですが、刃を折って使うナイフという世界のどこにもなかった商品のアイデアを思いついたのは、印刷所で働いていた一人の青年でした。さらに、そのアイデアを実現に結び付けたのは、路上で靴職人がガラスの破片を割る姿と、進駐軍の兵隊の板チョコでした。
近年、さまざまな分野で既存の商品が行き詰まりを見せ、「イノベーション」が日本企業の大きなテーマになっています。イノベーティブな商品を開発するには、優れたアイデアが必要なのはもちろんのこと、そのアイデアを実現する方法を見つけなければなりません。
岡田良男が「使い続けても切れ味が悪くならないカミソリ」のことを考えていたとき、実現のヒントになったのは他のカミソリや刃ではなく、カミソリとは直接関係がない靴職人のガラスの破片と板チョコでした。
対象とする分野だけを見ていてもイノベーションは生まれず、対象とする分野とは関係ないことがイノベーションへのブレイクスルーになり得る。「折る刃式カッターナイフ」は、そんなヒントを示してくれているのかもしれません。