イタリアのパスタ、中国のラーメンなど、世界には多くの麺類がありますが、日本の麺の代表格が「そば」と「うどん」。一般的に関東はそば派、関西はうどん派といわれますが、どちらも捨て難く、お店で注文に迷う人も少なくないのではないでしょうか。ところで、今回紹介する麺も、どちらを買おうか店頭で迷いがちかもしれません。東洋水産の「赤いきつねうどん」と「緑のたぬき天そば」は、発売から40年以上愛され続けている、カップ麺のロングセラーです。
東洋水産は、冷凍マグロの輸出を主事業とする横須賀水産として1953年に創業しました。1956年に魚肉ハム・ソーセージの製造を開始し、社名を東洋水産に改めます。1961年には「マルト印ラーメン」、1962年にはマルちゃんマークの「ハイラーメン」を発売して即席麺市場に参入し、業容を拡大していきました。ただ、中華系の即席麺は競合商品が多数あり、大きなアドバンテージが生み出せません。そこで、1963年に東洋水産は「たぬきそば」を発売します。これは業界初の和風袋麺で、中華そば一辺倒だった即席麺に新風を吹かせました。
1970年代になると、1971年に発売された日清食品の「カップヌードル」をきっかけにカップ麺ブームが巻き起こり、即席麺は袋入りからカップ麺の時代に入ります。東洋水産もカップ麺の生産を模索しますが、多くの会社が参入を始めており独自性が必要です。そこで生み出したのが、和風のカップ麺です。
創業時から海産物の取り扱いを行っていた東洋水産は、かつお節を使った風味調味料「マルちゃん だしの素鰹あじ」を1969年に発売していました。そば、うどんといった和風麺は、かつお節から取ったかつおだしがつゆの基本になるため、「だしの素」のノウハウをアドバンテージとして生かせます。そして1975年に発売したのが、「カップきつねうどん」「カップ天ぷらそば」です。
当時は和風のカップ麺はほとんど発売されておらず、両製品は大きな注目を集めました。すると、和風カップ麺の市場があると見て取った他社が続々と参入してきました。これはある程度予測された事態でしたが、先行していた東洋水産の優位性は急速に失われていきました。
インパクトを強化した「赤いきつね」「緑のたぬき」のブランディング…
類似商品に勝つには、強力なブランドづくりが必要になる−−−−。ここから、それまでにない新しい和風カップ麺への挑戦が始まります。まずは「カップきつねうどん」のブランディングからスタートしました。だしの濃さの好みが異なる東日本と西日本で味を変えるというこだわりはそのままに、麺やだしを改良します。油揚げも縦長の小ぶりなもの2枚から正方形の大きなものに替え、たっぷりと食べ応えを楽しめるようにしました。
そして、ブランディングの大きな柱になったのがパッケージでした。「カップきつねうどん」のパッケージは、色が白基調です。オーソドックスではありますが、インパクトに欠けてしまいます。また、カップは東日本では丼型、西日本は縦型になっており、ブランドの統一感にも欠けていました。
そこで、カップを丼型に統一します。また、パッケージのテーマカラーを「赤」に設定し、店頭での訴求力を強めるようにしました。赤は稲荷神社のきつねの像の前掛けの色でもあり、きつねうどんとは縁があります。
開発が進む中、当初のネーミングは「熱いきつねうどん」の予定でした。しかし、インパクトのあるパッケージに合わせてネーミングにも「赤」を取り入れ、さらなるブランド強化を図ることにしました。カップ麺はもちろん、食品で色を商品名に入れるのはまれなこと。しかし、当時は『赤い運命』『赤い衝撃』など山口百恵主演のテレビドラマ「赤いシリーズ」が人気を博していたこともあり、「赤」を名前に入れても受け入れられるとの判断がありました。
こうして1978年に「赤いきつねうどん」が発売になります。発売するや否や、武田鉄矢出演のテレビCMと共に大ヒットを記録。一躍、和風カップ麺の代表的ブランドになりました。
この成功を受け、「カップ天ぷらそば」もリニューアルを行うことにしました。パッケージは「赤いきつね」のイメージを踏襲し、テーマカラーを赤の補色である緑に設定。1980年に「緑のたぬき天そば」を発売します。
テレビCMでは「『赤いきつね』と『緑のたぬき』」を決めゼリフに、両商品をセットでPRしました。これにより「赤いきつね」の知名度に便乗する形で、「緑のたぬき」もあっという間にお茶の間に浸透していきました。以降、味のバリエーションを増やしながら、「赤いきつね」「緑のたぬき」のコンビは和風カップ麺の代表的ブランドとしてロングセラーの道を歩みます。
「赤いきつねうどん」と「緑のたぬき天そば」の成功の要因には、味の確かさ、パッケージのインパクト、キャッチーなネーミング、テレビCMの効果などがあったのは間違いないでしょう。そしてそれに加え、二者択一の力が働いていると考えられます。
「海派? それとも山派?」「犬派? それとも猫派?」のように2つの選択肢を提示されると、人はどちらかを選ぼうとする傾向があります。その他の選択もあり得るにもかかわらず、です。これは二者択一法として心理テクニックにも使われるものですが、これと同じような力学が今回のロングセラーにも見受けられます。テレビCMで「『赤いきつね』と『緑のたぬき』」といわれると、どちらかを選ぼうとする。店頭で強いインパクトを放っている「赤いきつね」と「緑のたぬき」を見ると、どちらかを選ぼうとする。このような心理が働いているように見えるのです。
「赤いきつね」と「緑のたぬき」は、それぞれ単独の商品として売り出しても支持されたかもしれませんが、現在のようなロングセラーになったかどうかは疑問です。「赤いきつね」と「緑のたぬき」は、ケースとしては少し珍しい、2つの商品があってこそのロングセラーなのではないでしょうか。