タビオ(靴下の企画・卸・小売り)
事業承継を果たした経営者を紹介する連載の第19回と第20回は、「靴下屋」や「Tabio」などの靴下販売チェーンを展開するタビオの創業者、越智直正会長。
越智直正(おち・なおまさ)。1939年愛媛県生まれ。55年に中学校を卒業後、大阪のキング靴下鈴鹿商店に入社。68年に独立し、靴下の卸売業としてダンソックスを創業。82年に小売りに進出し、84年にフランチャイズ展開を開始。2000年10月、大証2部に上場(13年に東証2部に市場変更)。08年5月、長男の越智勝寛氏に事業承継し、代表取締役会長となる
長男を後継者とすることを当然と考えてきた越智会長は、25歳まで自由にさせてきた勝寛氏を入社させ、承継の準備を整え、実現させた。用意周到な越智会長は、承継前、それを見越した大胆な布石を打った。承継の2年前に社名を変更するという大きな決断だ。
「福島県郡山市で薄皮饅頭を作っている柏屋さんが、“代々初代”というスローガンを掲げているんです。その話を聞いて感動したので、息子に自分が好きな新しい社名を考えるように言いました」(越智会長)
勝寛氏が考えた社名は「タビオ」だった。「The Trend And the Basics In Order(流行と基本の秩序正しい調和)」という言葉の頭文字をとった社名だ。さらに「Tabioをはいて地球を旅(タビ)しよう、足袋(タビ)の進化形である靴下をさらに進化させよう」という意味も込められているという。
「私が創業から慣れ親しんできたダンという名前には、もちろん愛着も未練もありました。だけど、そこにしがみ付いていたら承継なんかできません。承継が決まったとき、『今日からお前がタビオの初代や』と伝えました」(越智会長)
ダンはタビオへと名前を変え、勝寛氏をリーダーとして新たな時代のスタートを切った。越智会長は会社の経営はすべて勝寛氏に任せた。そして、自分は得意な商品づくりに専念している。
承継から10年余りがたった今、勝寛氏の経営をどのように評価しているのだろうか。「僕と一緒でそんなに賢くはありません。だけど、その分一生懸命やってますわ。それだけで十分だと思いますね。僕と一緒で、ただ真面目にやっとるだけ。僕の子やもん。むしろ、優秀過ぎたら僕の子やないと疑わないかん(笑)」
越智会長(左)と、長男で現社長の勝寛氏。「性格も顔もそっくりなんですわ。でもそう言うと息子は、そんなことないと怒るやろな(笑)」(越智会長)
今後、勝寛氏に期待することは、「世界に日本の靴下を広げていってほしい。世界でも日本の靴下は最高レベルといわれていて、独特の繊細さと器用さがある。海外生産が増え、創業した頃一緒に商売をしていた仲間も多くが辞めてしまいました。本当にええもんを作れるのは、今日本でうちの協力企業くらいしかないのではないかなと思っています。日本の靴下は履いてもらったら全然違うのが分かってもらえます。海外の人でもきっと病みつきになると思います」と越智会長は語る。
コロナショックで働き方改革が進んだ…
そんな越智会長の夢の実現に向けて、タビオは海外展開に力を入れている。02年3月に初の海外店舗をロンドンにオープン。現在、パリでも店舗展開をしている。ところが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、海外事業は一時ストップしてしまった。都市のロックダウンに伴い、パリの責任者からは「お店を閉めなければならない」とメールが届いた。
それに対して、越智会長はアメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの祈りの文章をメールで送ったという。
『どうにかなるものは、どうにかする勇気を
どうにもならないものは、受け入れる冷静さを
どうにかなるものと、どうにもならないものを識別する叡智を与えたまえ』
60年以上靴下業界に携わり、幾多の困難を乗り越えてきた越智会長であっても、今回のコロナウイルスの感染拡大の影響については、「こんな経験は初めて」と話す。しかし、決して悲観してはいない。
「コロナで当社も大変な目に遭っています。しかし、悪いことばかりではありません。例えば、働き方改革につながっています。社員たちは在宅で仕事をできるようになり、僕も家にいてテレビ会議でたくさんの社員の顔を見ながら話ができている。営業についても、通販にもっと力を入れようと、みんなで知恵を出し合っています」と語る越智会長。
「物事には必ずいい面と悪い面があります。人生に起こる問題は、ええほうから見たら、みんなええことになります。100%悪いことなんて存在しません。だから、社員にも言っているんです。『苦労は苦労のためにあるんと違うよ。苦労は、将来楽しむためにあるんよ』と。コロナの苦労もええ方から見て改革を進めれば、きっと明るい未来につながるはずです」(越智会長)
1日も早く後継者に伝えることが重要
越智会長に、事業承継をうまくいかせるための秘訣を聞いた。まずはタイミングと心構え。
「自分の子どもに継がせたいのであれば、1日でも早く言ったほうがいい。そうすれば、それを当たり前のことと受け入れて育ちます。それを言わずに、大学を出ていきなり継げと言っても、それはムリでしょう。日本を代表するような著名な経営者でさえ、後継者には苦労しています。それくらい大変なことだと割り切って、『楽しんで苦労しなはれ』と伝えたいですね。そして、前にも指摘した通り2代目は周囲にダメにされるんです。そこは親がちゃんと教えないかん。僕は勝寛に、『みんなが褒めてくれるんは全部お世辞なんよ。勘違いしたらいかんよ』と言い聞かせてきました」(越智会長)
そして古典から経営のヒントを得てきた越智会長は、「僕がいろいろ言うよりも、歴史にヒントがあります。ぜひ、悩んでいる経営者は『貞観政要(じょうがんせいよう)』を読んでみてほしいと思います」と紹介してくれた。「貞観政要」は中国、唐の太宗の言行をまとめた古典で、帝王学の教科書といわれている。
越智会長が靴下と出会ってから66年。ひたすら靴下だけに向き合い続けた人生だ。
「一生一事一貫。人間は必ず1つは世間が認めるような能力を持っています。僕は靴下のことしか知らんの。一生を通して貫けるものが、僕にとっては靴下でした」
現在、81歳で元気いっぱいの越智会長だが、今後は、苦境に立たされている日本の靴下業界の再建に尽力したいと考えている。