宮城県にある工務店「あいホーム」は、従来の住宅業界のやり方にとらわれずに多彩なデジタルツールを業務に活用しています。代表取締役 伊藤謙氏にDXのコツを聞きました。
<目次>
・コロナ禍でも業績UPに貢献「バーチャル展示場」とは
・新卒採用の切り札は「インスタ」
・震災復興時の成功体験が原点
・新しいツールはどんどん試すべき。ただ正式導入は慎重に
・DX導入が結果を生む土壌はできている
コロナ禍でも業績UPに貢献「バーチャル展示場」とは
「株式会社あいホーム」という会社を知っている人は、あまり多くないかもしれません。同社は仙台市の北に隣接する宮城県富谷市に本社を構える、従業員70名ほどの中小企業の工務店です。
同社の2020年上半期の新規受注数は、コロナ禍ながら対前年比130%を達成。以降も業績を伸ばし続けているといいます。
同社の業績アップを後押ししたのは「DX」、つまりデジタル技術の活用です。コロナ禍によって住宅着工が落ち込む中、同社はさまざまなデジタルツールを活用し、非対面のコミュニケーションに注力したといいます。
代表的な取り組みの1つが、VRによる「バーチャル展示場」です。
住宅業界では“展示場に実際に足を運んで家を見てもらう”というのが当たり前ですが、同社はコロナ禍で展示場に足を運びづらい顧客のために、実際の展示場を再現したバーチャル空間をスマートフォンで自由に見学できるようにしました。バーチャル展示場には、毎日数十人がコンスタントに訪れているといいます。
同社代表取締役社長の伊藤謙氏は、バーチャル展示場について「業績に直結する、効果的な取り組み」と胸を張ります。
「バーチャル展示場を作った当初は、リアルの展示場を見学していただいたお客さまに対し、帰宅後に振り返っていただくことを想定していました。しかしリリース後は、先にバーチャル展示場を体験してから、気になった住宅を実際に見学するという、逆のニーズも増えてきています。今ではバーチャル展示場のWebサイトから、リアル展示場の見学予約ができる機能も持たせています」(伊藤氏)
株式会社あいホーム
代表取締役
伊藤 謙氏
新卒採用の切り札は「インスタ」
同社のデジタルツールの活用は、バーチャル展示場だけではありません。SNSサービスの1つである「Instagram」を活用した新卒採用もスタートさせました。
この取り組みを行った背景も、コロナ禍にあります。合同企業説明会が軒並み中止となる中、「就活生はどのようにして就職活動をしているのだろう」と疑問を抱いた伊藤氏は、学生にヒアリングを実施。その結果、就活生の多くは、情報収集にはスマートフォンを使い、SNSはInstagramをメインで使用していることが判明したといいます。
「それを聞いて、新卒採用にInstagramが使えないかと思い、インスタライブ(Instagram内からリアルタイムのライブ動画を配信できる機能)を始めました」(伊藤氏)
インスタライブには伊藤氏自らが登場し、エントリーシートの書き方や、企業の選び方を毎日10分程度配信しました。フォロワーが増えてきたところで、インスタライブにて会社説明会を開催したところ約100人が集まり、うち半数があいホームにエントリーシートを提出したといいます。
「面接もInstagramで行い、7人に内定を出しました。その7人は辞退することなく入社しており、現在も弊社で活躍してくれています。2021年度も同じようにInstagramによる採用活動を実施し、新人を採用しています。費用を掛けずに、優秀な人材を採用できたことに、私自身も正直に言って驚いています」(伊藤氏)
震災復興時の成功体験が原点…
あいホームがこのようにデジタルツールを積極的に利用するようになったのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。
「被災から急いで復興するために、震災前の倍ぐらいの仕事をこなさなければいけなくなりました。しかし、従業員を急に増やせるわけもないので、業務を効率化して生産性を上げるしかありません。そこで、従来はアナログで行っていた工程管理をExcelで管理し、業務を “見える化”することで、数カ月先の業務が見通せるようにしました。
すると、それまでは年間100棟を建てるのが限界だったのに、2012年は倍の200棟を建てることができました。これが当社にとって大事な成功体験となり、デジタル導入に前向きに取り組んできました」(伊藤氏)
同社はその後、さらなるITツールを活用することで、業務の効率化を進めていきます。
「iPhoneとチャットサービスのLINE WORKSも導入しました。従来は本支店間のコミュニケーションは固定電話が中心で、『席を外しております』、『他の電話に出ております』といったやりとりが頻繁にありました。しかしiPhoneなら、相手に要件を直接伝えられますし、取り込み中でもLINEで伝えられるので、どんどん仕事が回るようになりました。
さらに2019年には、営業状況を管理するためにSalesforceを導入。顧客を単一のシステムでフォローできる体制になったことで、大きな成果につながりました」(伊藤氏)
新しいツールはどんどん試すべき。ただ正式導入は慎重に
こうした新しいツールを導入するということは、今までの慣れたやり方を手放すことになります。新規のツールを次々に導入することに関して、社内から反発はなかったのでしょうか。
「基本的に反発はありませんし、ITが苦手な人から反発が起こらないような工夫もしています。
私はツールを選定するとき、『一番苦手な人が使えるかどうか』を常に考えています。苦手な人がツールを使うためには、『社内にすぐ相談できる人がいる』ということが必要だと考え、各拠点やチームにサポート役を置き、“分からないことは、立場に関係なく、聞くのが当たり前”という雰囲気を作っていきました」(伊藤氏)
あいホームでは、従業員がデジタルツールに慣れるための取り組みとして、タッチタイピングの大会『早打ちグランプリ』を開催しています。優勝賞金も用意しており、過去には60代だった前社長も参加するなど、全社員が取り組んでいるといいます。
「全員がタッチタイピングを習得し、日々の業務がスピードアップするということを従業員に実感してもらうことで、デジタルツールの苦手意識の払拭に役立っています。このような『強制的な成功体験』をしてもらうことが大切です。最近では、iPhoneのフリック入力も、従業員に練習してもらっています」(伊藤氏)
とはいえ伊藤氏も、過去にデジタルツールの選定に失敗した経験があり、テストは気軽に行う一方で、実際の導入は慎重になったほうがよいといいます。
「一番失敗しやすいのが、“ツール導入ありき”という考え方です。私も過去にこの考えで導入して失敗してしまった経験があります。実務における現場の問題を解決するために必要なものは何なのかが分かっていないまま、ただツールを導入しただけでは誰もそのツールを使いません。
最近では無料トライアルできるサービスも多いため、導入前に試してみて、本当に自社に合っているかどうか確認しておくことが重要です。とはいえ、導入の決定は慎重になるべきと考えます。なぜなら、導入して使わなくなったとき、止める労力が大変だからです」(伊藤氏)
DX導入が結果を生む土壌はできている
このように現在までデジタルツールを活用し続けてきた伊藤氏は、今後もDXを推進することで、2つのことを成し遂げたいと話します。
1つ目は、住宅性能の数値化です。自社の住宅商品を定性的に表現するのではなく、定量的に数値で示すことで、顧客に対する明確な判断基準を提供する狙いがあります。
「自動車を買うときに燃費をチェックするように、住宅でも同じような判断材料をお客さまに提示できるようにしていきたいです」(伊藤氏)
もう1つは、生産性の追求による工期の短縮です。新築を購入する顧客の立場としては、契約したら少しでも早く新しい住まいで暮らすことを求めるでしょう。伊藤氏は「業務のボトルネックの発見と解決にもITの力を使っていきたい」と意気込みます。
伊藤氏は最後に、まだDXに取り組んでいない企業に対し、取り組みを早くスタートすべきと進言します。
「10年前と比べると、スマートフォンは広く普及していますし、大企業しか使えなかったようなツールが中小企業でもサブスクリプションで利用できるようになっています。
DXを少しでも始めればすぐ結果が出る土壌は、地方にも中小企業にもあります。デジタルを使えば絶対にチャンスが訪れますし、逆にデジタルを使わないのはもったいないです。ぜひ全ての企業が取り組んでいくべきだと思います」
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