1章:より高度なシミュレートを実現する「デジタルツイン」
テクノロジーと通信の発展により、デジタルツインが実用化レベルに
「デジタルツイン(Digital Twin)」とは、現実世界(フィジカル空間)に存在している情報を取得して3Dモデルを作成、それに伴う各種データをリアルタイムで仮想世界(デジタル空間)へ送って、デジタル化された現実世界のコピーを作成して再現する技術です。現実世界と仮想世界が対になっているので「デジタルの双子」と訳されています。デジタルツインの主な活用方法といえば、より「現実(リアル)」に近いシミュレーション環境としての利用になります。
デジタルツインと同様に、仮想世界に現実世界を構築してシミュレートに使うという手法は、NASAによる1960~70年代のアポロ計画の頃には存在していたとされています。近年ではコンピューターの高性能化が進むとともに、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)やAI(人工知能)、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)といったデジタル技術も発展し、さらにはWi-Fiや5G(第5世代移動通信システム)などの通信インフラが進化しています。このような技術革新により、一般企業におけるデジタルツインの実用化が現実味を帯び、多くの業界・業種で注目されることになりました。
技術革新でデータ収集が容易になり、リアルに近い事象が再現可能に
これまでは現実世界をデジタル化し、そのデータを入力するには人手も必要で時間もかかっていました。収集できるデータ量にも限界があり、仮想世界に再現できるツイン(デジタル化された現実世界)の規模にもまた限界がありました。ところが、IoTをはじめとする技術の進化によって、現実世界の情報をほぼリアルタイムに、自動的に取得できるようになりました。それに伴い、より詳細に現実世界を仮想世界へ再現することが可能となったのです。
デジタルツインを活用することで、仮想世界で現実世界のシミュレーションを実行、観測できます。そして仮想世界でのシミュレーション結果から、現実世界における物事の予測を行うことも可能となります。
2章:デジタルツインの活用で得られるメリット
製造業が抱える課題への解決策をもたらすデジタルツイン
デジタルツインによりフィードバックを伴った高度なシミュレーションが実行できることは解説しましたが、具体的にどのようなメリットを得られるのでしょうか。ここでは、製造業を例にして説明します。
●コスト削減
デジタルツインを活用し、仮想世界で試作品を作成することで、原材料や工数といったコストを削減できます。さらに、問題点の発見と改良のためにフィードバックが容易に実行でき、時間的なコストの削減にもつながります。
従来のシミュレーションは、人間が想定したさまざまなシナリオを基に設計されているため、必ずしも現実世界の事象と正しく連動しているとは限りませんでした。しかし、デジタルツインでは現実世界と同様の環境がデジタルで再現されているため、人間の想定や仮定といった要素が入らない現実に近いシミュレーションが可能となり、より高度な検証や分析を行えるようになりました。
●業務効率化
機材の稼働状況や従業員の負荷といった現実世界のデータを収集してデジタルツインによる仮想世界で再現し、状況を分析。これによって最適な従業員の配置や業務スケジュールが導き出せるようになり、製造プロセスの効率化や生産リードタイムの短縮が可能となります。
●遅延リスク軽減
新しく製品を製造する場合、部材調達の遅れや機材の不調などで予定通りに生産ラインが稼働しないことがあります。あらかじめ生産ラインを仮想世界でシミュレートして稼働状況を予測することで、現実世界で発生する問題に対してあらかじめ対策を講じられるようになり、遅延リスクを回避できます。さらに、メンテナンス事項が明確になっているため、短いプロセスで問題解決が可能です。
●アフターサービス向上
製品の出荷後についてもデジタルツインでシミュレーションできます。出荷後の顧客の使用状況や製品の劣化について予測することで、アフターサービスのタイミングを的確に把握できるようになります。その予測結果に沿ったアフターサービスを実施すれば、顧客満足度の向上も得られます。
ありとあらゆる業界に技術発展、運営最適化のきっかけを与える
製造業での活用をメインに紹介しましたが、都市開発や製造業、災害管理や医療、スポーツの分野など、それ以外の業種においても活用シーンが拡大しています。
●医療・ヘルスケア
技術革新によって、より正確な人体のデジタルツインモデルが開発されつつあります。医療機器についてもデジタルツインによるシミュレーションが進み、医療技術の向上に役立てられています。
病気予防やヘルスケアなどについても人体のデジタルツインが活用されており、それらの分野のデジタル化を加速させています。さらに病院施設についてもデジタルツインの活用が拡大。施設のデジタル化を促進するほか、医師や医療事務のオペレーションを最適化し、診察から会計までをスムーズに行えるようになっています。
●小売業
店舗のデジタルツインを利用して訪店する客の動線や店員の対応プロセスをシミュレートすることで、店舗設備や人員配置の最適化が図れます。さらに販売データを組み合わせることで商品の調達や在庫補充、店舗搬入、値引きなど、各種タイミングに応じた効率的な店舗運営も可能になります。
●物流業
車両の運用状況や配送物のIoTデータを基にしたデジタルツインの活用によって、配車およびドライバーの配置を効率化するとともに、配送物の配送ルートと配送量の最適化が可能となります。これにより、近年の燃料費高騰やドライバー不足といった問題の解決策となることが期待されています。
●都市計画
現実世界の都市におけるさまざまな情報を収集・集積して、仮想世界にバーチャル都市を構築。実際の都市の情報をリアルタイムに観測しながらバーチャル都市でのシミュレーションを行い、そこで予測された事象を実際の都市設計へとフィードバックします。将来的には、バーチャル都市からのフィードバックを基に、災害対策や治水、交通、メンテナンスといった都市におけるさまざまな問題や、運用における事項を自動化する「スマートシティ」も計画されています。
3章:大規模プロジェクトへのデジタルツイン活用が拡大
スマートな社会の実現にデジタルツインが大きく貢献…
デジタルツインは、高度かつ非常にリアルなシミュレーションができることから、都市開発分野での活用が特に期待されています。実際の活用例を挙げてみましょう。
●国土交通省:Project PLATEAU
国土交通省が2020年に開始した「Project PLATEAU(プラトー)」は、日本全国の3D都市モデルデータを整備し、オープンデータとして公開すると同時にそのデータの活用拡大をめざすプロジェクトです。
公開データは官民問わず都市計画や街づくりに活用されることが想定されています。リアルタイムデータと統合し、都市のデジタルツインを構築してシミュレーションや分析を行うことで、長期間かかっていた街づくりを、より短期間で機動的に実現できるようになります。
●シンガポール:バーチャル・シンガポール
シンガポールの政府機関「NRF(シンガポール国立研究財団)」が主導する国家プロジェクトです。地形や建築物の情報に加え、交通機関などの社会インフラ情報を統合し、シンガポール全体を3Dデータ化する構想です。これにより、市民サービスや公共交通機関の改善を実現しようとしています。
このように、都市開発や都市設計にデジタルツインが活用されることで、より暮らしやすい社会をめざすスマートシティの構築が実現に近づくでしょう。
●NTT:IOWN構想
NTTが2019年に提唱した「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)構想」は、光技術や無線をベースとした革新的なネットワークインフラを構築する構想です。電力効率の向上や、データ伝送容量の拡大、データ遅延の縮小を実現し、ネットワーク環境の大幅な快適化をめざしています。
この構想の1つに、現実世界と仮想世界の掛け合わせにより未来予測を可能にする「デジタル・ツイン・コンピューティング」があります。これは従来のデジタルツインを大きく発展させたものであり、大規模かつ高精度な未来の予測・試行をさまざまな業種で横断的に利用できるようにするものです。
ほかにも、ネットワークから端末に至るまで、全てに光ベースの技術を導入する「オールフォトニクス・ネットワーク」、あらゆるモノをネットワークでつなぎ、それを制御する「コグニティブ・ファウンデーション」といった技術を取り入れることで、よりスマートな社会の実現をめざしています。
4章:デジタルツインを効果的に適用するには
目的に応じたリアルタイムデータの収集が必要
デジタルツインを活用する際に必須となるのが3Dモデルとリアルタイムデータ、そしてそれらをセットするアプリケーションまたはサービスです。3Dモデルについては、前述した「Project PLATEAU」のように公開データが用意されているケースもあり、準備するのは必ずしも難しくはありません。しかしながら、デジタルツインには、目的に応じたリアルタイムデータが不可欠です。3Dモデルの元となった現実世界の物理設備についての情報をリアルタイムに収集するには、IoTやセンサーなどを活用する必要があります。
例えば都市のデジタルツインを作成する場合、地形や建物の3Dモデルに合致した、交通機関の稼働状況や自動車の位置情報、気候情報や気温の変動などのリアルタイムデータの収集が求められます。生産ラインのデジタルツインを作成する場合は、機器の稼働状況や従業員の就業状況といった製造過程におけるリアルタイムデータが必要です。
もちろん、現実世界における全てのリアルタイムデータを取得するのは現実的に厳しいので、目的に合致するようなデータを優先して収集しましょう。
デジタルツインの活用には、3Dモデルとリアルタイムデータに加え、収集されたデータを転送するための高速なネットワークが欠かせません。さらに、分析としてAI、そのフィードバックとしてARまたはVRが必要となることもあります。
デジタルツインを導入する場合には上記の要素をそろえる必要がありますし、将来的に訪れるであろうビジネスの変化に柔軟に対応できるプラットフォームの構築が必須となります。
デジタルツインの効果を最大化するには正しい運用プロセスの適用が必須
ここからは、デジタルツインを構築するための具体的なプロセスを紹介します。
まず、デジタルツインを導入する前に生産ラインにおける業務効率化、都市開発における交通問題の解決など、仮想世界にツインを作成する目的、ゴールを設定する必要があります。
次に仮想世界でツインを作成するための3Dモデルを用意します。3Dモデルのデータがすでに存在する場合はそれを活用し、ない場合には作成する必要があります。
さらに、3Dモデルに合致したリアルタイムのデータセットを用意します。リアルタイムデータについては、前述したように目的に応じた情報を優先的に収集します。その意味でも、デジタルツインの導入時に目的を明確にしておくことが必要です。
最終的に、これらの3Dデータとデータセットをデジタルツインアプリケーション(またはサービス)に適応させ、デジタルツインのシミュレーションを開始します。これがデジタルツイン導入から運用までの一連のプロセスとなります。
5章:まとめ
IoTやAIといったデジタル技術が進歩し、5Gのような高速通信インフラも広く普及していく昨今、多くの業界のDX推進のカギを握っているのが「デジタルツイン」です。デジタルツインによって、さまざまな業種で業務改善が期待でき、スマートシティのような近未来の都市開発の成功も目前となってきました。それに伴って、一般企業においてもデジタルツインをうまく活用することで、製品開発や課題解決がスピードアップし、より精度が高い予測が可能になります。今後、企業経営を支えるツールとして、デジタルツインが当たり前に活用される未来もそう遠くはないでしょう。
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