「新入社員が組織になじめず早期離職してしまう」「中途入社した人材が、なかなか戦力化しない」。このような悩みを抱えている人事担当者は、決して少なくないかもしれません。
UI/UXデザインやビジネスモデルデザインなどを手掛ける株式会社グッドパッチも、オンボーディングを実践している企業の1つです。同社でオンボーディングのかじを取った執行役員の柳沢和徹氏も中途入社で、もともとは新卒で大手マーケティングリサーチ企業に10年間勤務し、2017年よりグッドパッチに転職しました。
「グッドパッチでは、社員のモチベーションを偏差値であらわす『エンゲージメントスコア』をクラウドシステムで測定しており、私が入社した頃は『46.7』という数値でした。平均的な会社の水準である50を下回る『普通よりも悪い』という状態です。マネージャークラスに至っては、エンゲージメントスコアが27.0。ほぼ最低ランクの数値です。実際に、当時はマネージャーの退職が相次いでいました」(柳沢氏)
しかし柳沢氏はその後、オンボーディングをはじめとする各種の施策を実施することで、わずか3年間で社員のエンゲージメントスコアを最高ランクの「71.2」まで引き上げることに成功しました。問題が山積みされ、組織全体に不満が鬱積(うっせき)している状況を、どのように脱したのでしょうか。
入社当初より経営企画室のマネージャーを務めていた柳沢氏は、オンボーディングの第一歩として、組織崩壊の原因分析に取り掛かりました。
当時のグッドパッチは続々と人が辞め、大々的な募集によって入った優秀な人材にも早々に見切りをつけられていました。
しかし、退社の理由を探るうちに、柳沢氏はあることに気がつきました。それは、最終的には辞職を選んだ人材の多くが、グッドパッチのビジョンとミッションに関しては強く共感していたことです。
ビジョンとミッションに共感していたにも関わらず、なぜ彼らはグッドパッチを去ったのでしょうか?同社の創業者であり、現在も代表を務める土屋は同社の組織崩壊を招いた要因は、「組織のコアバリューの欠如」にあると推測し、柳沢氏は代表と共にコアバリューの再定義を推進しました。
「私はかねてから、企業と社員の信頼関係を構築する上では、ビジョン、ミッション、バリューの3本柱が重要だと考えています。この3本柱は、『(会社は)どんな舟で、どんな方向に向かうために、どんなこぎ方をするか』を表すものです。
当社のビジョンは『ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる』、ミッションは『デザインの力を証明する』です。これは創業時から現在に至るまで変わっていません。しかし、組織が崩壊していた当時、バリューだけが明文化されていませんでした。グッドパッチに集う人材が共有すべき価値観や行動理念が何なのか、従業員はわかっていなかったわけです。こぎ方のわからない舟に乗っていても、前に進めるわけがありません。そのため、まずはバリューをきちんと定めることから始めようと思いました」(柳沢氏)
ワークショップでバリューを再策定し、ポスターを作成
柳沢氏は、グッドパッチのバリューを従業員とともに明文化する「バリュー再策定プロジェクト」を開催。同プロジェクトの開始時に行われた全社ワークショップには社内の全従業員が参加し、900近い意見が寄せられました。プロジェクトの推進にあたっては現場との対話を何度も繰り返し、最終的に5つのコアとなるバリューを定めました。
「社員全員がバリューの作り手になるというプロセスを経たことで、組織の一体感がこれまで想像できなかったほど強くなりました」(柳沢氏)
オンボーディングには、直属の上司による面談は不要!?
柳沢氏がバリューの次に取り組んだのは、従業員に対する良質な体験提供を通じた組織改善を推進するための主体となるチーム「People Experience」の創設です。
「People Experienceは、もともと広報領域を担っていたメンバーを中心に組織しました。広報担当者が社外だけでなく社内のことも理解していることは、私たちの情報発信において非常に重要です。社内外に自社の魅力を伝えていく上で、現場で尽力するメンバーがどのような思いで仕事に取り組み、そこにどれほどの情熱を燃やしていたかを理解することが臨場感のあるメッセージングを届けることにつながります。
チームの名前にもこだわっています。現在会社から雇用されている社員だけでなく、入社前の候補者や退職後も自社の理念に共感する人材、そして従業員以外も含めた全てのステークスホルダーが大切な存在だという思いを込めて、『Employee Experience』ではなく『People Experience』という言葉を選びました」(柳沢氏)
さらに柳沢氏は、新入社員が置かれた状況を理解するための施策として「1・3・6インタビュー」も新たにスタートしました。これは、入社1カ月・3カ月・6カ月のタイミングで1on1を行い、新入社員が抱える心配事やギャップを理解し、最終的には問題の解消につなげていくことが目的です。柳沢氏は、この1・3・6インタビューでは、直属の上司が面談を行っても意味がないと指摘します。
「1・3・6インタビューでこだわったのは、新入社員の直属の上長“ではない”人間がインタビューを行うことです。直属の上長が相手だと、例えば『あなたとの仕事がやりづらい』とは面と向かって言えませんし、『こんな小さな問題に上司の手間をとらせたくない』という遠慮が生まれる可能性もあります。結果として、不安や不満を抱えていたとしてもそれを本音で語りづらくなってしまいます。
ヒアリングした内容は、必ず事前に新入社員の許可を得て、マネージャークラス全員が閲覧可能なスペースに共有されます。マネージャーは他のマネージャーからの意見も聞くことで自身の視野を広げ、部下との関係性を見直す機会を得られるため、結果的に『社員を守るカルチャー』の醸成に成功したといえます」(柳沢氏)
新入社員には自社の失敗も共有する
グッドパッチでは、上記で紹介した施策の他にも、さまざまなオンボーディングに取り組んでいます。例えば、新入社員が入社するたびに実施する「社長研修」は、5時間にも及ぶ内容となっています。
研修の内容は「会社の歴史編」「ビジョン・ミッション・バリュー編」の2つで構成されており、前者は、組織崩壊時代も含めたグッドパッチの歴史を、良いところも悪いところも包み隠さず共有することで、新入社員が当事者意識を持つようにすることが目的です。後者は、ビジョンやミッション、バリューそれぞれに込めた思いを共有することで、新入社員が必要に応じ前職で身に付けた考え方を“アンラーニングする”ことが目的です。
そのほかにも、月1回の社内飲食パーティー「Pizzapatch」や、社内MVP制度の立ち上げ、社内ナレッジシェアリングの仕組みの構築など、新入社員だけでなく、既存社員に対する施策も数多くスタートしました。
こうした取り組みを経て、組織崩壊から3年間で離職率は約10%にまで低減し、エンゲージメントスコアは71.2に向上。グッドパッチは生まれ変わりました。
新入社員の体験を、会社側で「デザイン」しよう
柳沢氏はオンボーディングを実施する際のポイントとして、新入社員を迎え入れる側のスタッフに「共感力」と「思いやり」が必要と指摘します。オンボーディングの受け手である新入社員の思いを感じ取り、心を尽くして応対する努力が求められるといいます。
「オンボーディングはさまざまな部門にまたがる施策ですが、タスクの集合体ではありません。オンボーディングはそもそも『受け手側の概念』であり、従業員1人ひとりを主語にした“体験”ととらえる必要があります。
オンボーディングの目的は、新入社員の即戦力化を促しつつ、離職を防ぐことです。この目的を実現するために必要な要素を設計して、一貫性のある体験を構築しています。そのプロセスを私たちは『デザイン』と呼んでいます」
この「デザイン」はグッドパッチの主な事業領域であり、サービスやプロダクトのビジュアルはもちろん、組織づくりやコミュニケーションにおいても非常に有用な考え方だと柳沢氏は述べます。
「新入社員の体験を『デザイン』して提供し、受け手の感情に目を向けることが、グッドパッチの考えるオンボーディングです。オンボーディングは一過性の施策ではありません。採用からリテンション(人材流出の防止)まで、新入社員に一貫した体験を提供することで、従業員エンゲージメントを高く保ち続け、やがては社員全体の離職率低減にも良い影響が与えられるはずです。
かつての弊社のように、従業員の早期離職に頭を悩ませている企業は、まず新入社員の体験の入り口であるオンボーディング部分から見直しを行うことをおすすめします」(柳沢氏)
株式会社グッドパッチ
執行役員 経営企画室長 兼 事業開発室長
柳沢和徹氏
新卒で大手マーケティングリサーチ企業に入社。10年の勤務を経て、従業員が200名から2000名規模まで成長するのを見届けた後、グッドパッチへ入社。経営企画室でマネージャーとして全社的な組織改善をリードし、現在は執行役員として経営企画室長、事業開発室長を兼任している。
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