不確実な時代の中、生き残る企業と消える企業の差はどこにあるのでしょうか。“スーパー経理部長”の異名を持つ前田康二郎氏に聞くと、その差は「ディフェンス」にあるようです。
新型コロナウイルス感染症の流行や、ロシアのウクライナ侵攻、急速な円安の進行など、先行きが簡単には見えない時代が訪れています。これまではうまくビジネスを続けてきた企業も、社会の急速な変化によってビジネスの風向きが変わってしまい、経営が不安定になってしまう恐れがあります。
こうした社会の変化が激しい不確実な時代において、企業が生き残るためにはどうすれば良いのでしょうか?この命題に対して、「ディフェンス(守り)」の重要性を主張するのが、経営・会計コンサルタントの前田康二郎氏です。
前田氏は複数の企業にて経理業務を務めた後、2011年に独立し、リーマンショック後に経営難に陥っていた企業経営の再建に尽力。現在はベンチャー企業やIPO準備企業などの顧問、社外役員も兼務しています。さらに、『スーパー経理部長が実践する50の習慣』(日本経済新聞出版刊)、『図で考えると会社は良くなる』『つぶれない会社のリアルな経営経理戦略』(いずれもクロスメディア・パブリッシング刊)といった著書も出版しています。
「多くの企業は、営業や現場出身者の手により創業しています。そうした人たちは売り上げに直接結びつく営業活動など、いわゆる“オフェンス”に注力しがちです。しかし、売り上げを上げることは社会の状況に左右されやすく、自社だけでコントロールすることは困難です。
一方でリスク管理は、あらかじめ備えていれば、自社でコントロールしやすい領域です。オフェンスが強くてもディフェンスの弱い企業は、一見強く見えたとしても、よく見ると弱点があるものです」(前田氏)
それでは、「ディフェンス(リスク管理)」を高めるためには、具体的には何をすれば良いのでしょうか。前田氏は、総務や経理など「管理部門」を強化すべきと指摘します。
「私は経営コンサルタントとして数多くの企業を見てきましたが、管理部門をないがしろにする企業はほとんどうまくいっていません。そもそも管理部門に無関心だったり、事務関連のノウハウがなかったりする事例が目立ちます」
企業の中には、企業内に管理部門を構えず、外注しているというケースもあるでしょう。しかし前田氏は、総務や経理は社内に置くことを推奨しています。
「例えばメーカーでは、モノが売れているのに利益が出ていないということがよくありますが、これは現場サイドが、在庫が足りなくなることを避けようと、原材料を多めに仕入れていることも1つの要因に挙げられます。過剰な在庫を知られないように、余っている材料を隠す現場すらあります。
こうした問題も、管理部門がしっかり機能していれば、原材料がどれだけ使われ、どれだけ残っているかがわかります。ビジネスモデルが正しいにもかかわらず、利益が出ない事例の裏を調べてみると、管理部門で見抜ける問題はたくさんあります。成功したいのであれば、社内に企業経営のリスク管理ができる数字に強い人材を置くべきです」
誰も考えたくない「売上減」のリスクも想定しよう
前田氏が管理部門の強化を推奨する別の理由として、急激な売上減が発生した場合のシミュレーションができる点も挙げています。
「経営者は、売上減のことについてはあまり考えたくないものです。だからこそ管理部門が、経営者の代わりとなり、売上減となった場合の対応策を検討すべきです。企業経営にはどうしてもリスクは存在します。今回のコロナ禍がまさにその証明といえるでしょう。企業経営の核となる売上減がリスクヘッジとなる新規事業も含めて検討できれば、未曾有(みぞう)の事態が起こったとしても、企業経営は続けられるでしょう。
特に、自然災害や疫病などの外的リスクは突発的に発生することが多いため、常に具体的な備えをしておくことが大切です。売り上げが上がらなくなった時に、資金は何カ月持つのか、融資を受けることは可能か、といった現在の事業の継続性を考え、そこからどのような施策を打つべきか、具体策を事前に考えておくべきです」(前田氏)
リスクの管理という観点では、管理部門だけではなく、「税理士」との関係を見直すことも重要であるといいます。
「税理士は誰にお願いしても同じではありません。例えば事務処理だけに特化する税理士もいれば、経営相談が得意な税理士もいるなど、タイプはさまざまです。リスク管理を強化するためには、困った時にはアイデアを出してくれて、リスクがあるときには警告し、お金の話以外のことにも協力してくれそうな税理士を探すことが大切です」(前田氏)
従業員の言葉で、経営者は動く
前田氏は管理部門の強化のためには、「業務のデジタル化」が重要になるとしています。経営者は従業員が働く環境のデジタル化を推し進めることで、業務の効率化を図るべきとしています。
「強い企業になるためには、社員の柔軟な思考を妨げないよう、業務の効率化が欠かせません。特に管理部門は、先に触れたようにリスクをシミュレーションするなど、考えるべきことはたくさんあります。仕事を効率化して事務処理などの処理に追われずに、いろいろな発想が出てきやすい環境づくりが大切です。そのためにも積極的なデジタルツールの活用が求められます」
経営者が従業員の環境を整える一方で、従業員もまた、経営者に対する向き合い方を変えるべきと、前田氏は指摘します。
「自分の要望を経営者に提案し承認してもらうには、自分のメリットだけでなく、経営者にもメリットがなくては耳を傾けてもらえません。そこで、経営者の目線に立って、自分の要望がどう映るかを考え、どのように提案すれば経営者が納得するかふかんしてみることが大切です。
例えば経理担当者が『経理ソフトを最新のものに入れ替えたい』と考えていたとしても、単に『入れ替えたい』と要望を出すだけでは、“古いソフトがまだ使えるでしょう”と却下される恐れがあります。しかし、『作業が効率化できる新しいソフトを使えば2日早く業務を完了することができ、経営判断の迅速化につながる』と、事業におけるメリットを説明すれば、上長も納得しやすく、従業員の職場環境も改善されるでしょう」
不確実な時代が続くのであれば、常に組織を変化していけば良い
ここまで述べてきたように、不確実でさまざまな変化が起こりうる社会であっても、常にリスクを想定しておけば、ビジネスは継続することが可能になります。とはいえ、今までリスクについて考えることを避けてきた企業が急に変われるかというと、そう簡単にはいかないケースも予想されます。
しかし前田氏は、日々のちょっとしたことから変えていくことで、変化に対応する企業文化は作れると主張します。
「例えば、毎月1つずつ、従業員個人、各部署、企業全体の課題を洗い出し、改善していくことでも、企業の文化は変えられます。『アポを○件取る』『遅刻をしない』といった小さな改善で構いません。毎月1つの課題を改善していけば、個人、部署、企業それぞれで、1年につき12個の課題が改善されます。全員が達成できるようにあまり高い目標を設けず、必ず全員が守ることが重要です。継続的に課題を改善していくことで、改善が習慣になり、変化に対応しやすい組織ができます。
加えて、『敬意のある職場づくり』も重要です。中小企業を中心に、日本企業は家族的な企業風土を持つことが多く、手助けしてもらっても、言葉で感謝の気持ちを伝えないことがあります。そうした小さな積み重ねが、いつしか大きな衝突になる恐れもあります。『親しき仲にも敬意あり』というように、上司と部下、同僚同士でも、互いにねぎらいの言葉や感謝の一言を添えるべきでしょう。各従業員の敬意のある行動が、会社の数字を作る上でも非常に重要なポイントとなります。
すべての従業員が、自分のことだけを考えるのではなく、お互いのことを考えながら、敬意を持って接することが、不確実な時代における、強い企業と弱い企業の差につながっていくと、私は考えています」(前田氏)
前田康二郎(まえだこうじろう)
流創株式会社 代表取締役。数社の民間企業にて経理業務を中心とした管理業務全般に従事し、2008年に経理部長としてIPOを達成。その後中国現地法人の設立、内部統制業務などに携わった後、2011年に独立して現職。著書に『つぶれない会社のリアルな経営経理戦略』(クロスメディア・パブリッシング)など
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