山形県にある倒産寸前の金型メーカーが、デジタル化によって黒字転換できた秘策はデジタル化と変化を受け入れる土壌づくりでした。窮地に立たされた会社を引き受け、黒字転換、そして成長軌道に乗せた松本晋一氏が振り返ります。
<目次>
・倒産危機の金型メーカーが復活した裏に “デジタルな土壌”あり
・「あうんの呼吸」が、製造業に悪影響を及ぼしている
・たかが勤怠管理の自動化、されど立派なデジタル化の一歩
・倒産寸前でも危機感を抱かなかった従業員を変える方法
・変わらない従業員を辞めさせてはいけない
・デジタル化は「高精度化」ではなく「高速化」である
倒産危機の金型メーカーが復活した裏に “デジタルな土壌”あり
市場の急速な変化や、少子高齢化による人材不足に対応できず、苦戦を強いられている製造業も多いでしょう。しかし中には、変化を恐れず新しい仕組みやデジタル技術を取り入れ、復活を成し遂げた企業もあります。
山形県河北町に拠点を構え、従業員60名ほどの金型メーカーであるIBUKIも、デジタルを取り入れることで赤字経営から脱却した会社の1つです。同社はある時期まで6年連続で赤字経営が続き、最盛期には300名近く在籍していた従業員も、一時は約40名まで減っていました。
倒産の窮地に立たされていたIBUKIですが、2014年にコンサルティング会社のオーツー・パートナーズ(当時:O2)が資本参加したことで状況が一変。AIを活用した見積もりの自動化、IoTセンサーによる金型の状態の見える化、受注・購買・工程・金型管理を担う基幹システムの構築など、さまざまなデジタル技術を取り入れることで、苦境を脱出しました。
2018年には、第7回ものづくり日本大賞にて経済産業大臣賞を受賞。2021年には技術力・人材力を評価され、某自動車部品メーカーのグループ会社に加わっています。2022年の売上高は参加当時の約2倍になったといいます。
なぜ、同社は倒産の窮地から脱出できたのでしょうか?7年間にわたってIBUKIの代表取締役を務めた、オーツー・パートナーズの松本晋一代表取締役社長CEOに話を聞いたところ、背景にはさまざまな変化を受け入れる“デジタルな土壌”がありました。
「あうんの呼吸」が、製造業に悪影響を及ぼしている
松本氏が所属するオーツー・パートナーズは、「口も出しますが、手も出します」をモットーに掲げる、製造業向けコンサルティング会社です。松本氏はIBUKIのプロジェクトに関わる前から、数多くの製造企業を支援してきました。
松本氏は、苦境に陥っている製造業を救うためには、デジタルは欠かせない要素であると指摘します。その理由は、デジタルによって「あうんの呼吸」から脱却できることにあるといいます。
「日本の職場では、とかく『あうんの呼吸』で業務が成り立ってしまう場面が多く見られます。しかし、何でもそれで決めてしまうと、仕事を数字や理論で表現することができなくなり、データや根拠に基づかない、非デジタルな仕事をしてしまうことになります。もちろん、あうんの呼吸がハマる時もありますが、うまくいかない時には裏目に出ることになります」
松本氏は多くの製造業において、企業のトップの意識の在り方が原因で、デジタル化が進みづらくなっていると分析します。
「製造業でデジタルな仕事ができない大きな要因の1つに、企業トップの意識の低さが挙げられます。リーダー自身がデジタルを学ぼうとしなければ、デジタル改革に向けた施策の稟議(りんぎ)書が上がってきても、その内容を正しく判断できません。何より、社内がデジタルに取り組もうという雰囲気にすらなりません。
経営者の意識が、投資対効果に向き過ぎているのも問題だと思います。いきなり大きな変化や効果を追い求めてしまうと、かえってデジタル化は進みません。大事なのは、『小さく始めて大きく育てる』という意識です。デジタル化に限らず、一度トライして失敗したら萎縮し、次のトライが怖くなります。まず小さく始めて、小さな成功体験を積んで、そこから大きく変えていくことが必要だと思います」
株式会社オーツー・パートナーズ
代表取締役社長CEO 松本晋一氏
たかが勤怠管理の自動化、されど立派なデジタル化の一歩
デジタル化には“小さな成功”が必要と主張する松本氏は、IBUKIでも従業員が小さな成功を体験できるような改革を進めました。
冒頭で触れたように、IBUKIはさまざまなデジタル技術を駆使することで、売り上げを伸ばすことに成功しました。しかし、松本氏がIBUKIで最初に始めたデジタルな取り組みは、勤怠管理のシステム導入という簡単なものでした。
「これまでのIBUKIの勤怠管理は、紙のタイムカードの数字を、事務員がExcelに入力するというアナログなものでした。私はそのやり方を廃止し、名札にプリントしたバーコードを読み取って、自動で記録できるようにしました。大した道具ではありませんが、それでも立派なデジタルです。
導入後、勤怠管理システムを利用している職人に『デジタルが使えるようになったね』と声を掛けると、最初は『いや、デジタルなんて全然…』という反応でしたが、だんだん『これがデジタルなのか』という意識になり、デジタルが特別な存在ではなくなってきました。そして、みんながデジタルに触れていることに気づけるようになった後、大きな取り組みへと広げていきました」
IBUKIがデジタル化のきっかけに勤怠管理を選んだ理由
倒産寸前でも危機感を抱かなかった従業員を変える方法…
松本氏がIBUKIにおいて変革したものは、デジタルだけではありません。例えば、駐車場の位置を変える、自販機の中身を変える、昼休みの開始時間を10分変える、といったように、仕事におけるさまざまなシーンにおいて「変わる」ということを当たり前にしていきました。
「倒産寸前まで追い込まれた状態が続くことで、従業員は自ら『変わらなければならない』という危機感を持つ、と思う人もいるかもしれませんが、IBUKIの場合はそれでも変わりませんでした。そこで、変わることが嫌でなくなるよう、変化の耐性をつけるために小さい変化を起こし続け、慣れてきた頃に大きい変化を起こしました。要は、従業員の『変化』に対するアレルギーが無くなるよう努力しました。
本当に小さい変化でも構いません。小さな変化を続けることで、従業員は変わっていくことに対しだんだん違和感なく受け入れられるようになり、やがてはIT導入のような大きい変化も起こせるようになりました」
松本氏はさらに、従業員のネガティブな意識をポジティブなものに変えるよう、言葉の使い方も変えています。
「製造業の技術者は、『できますか?』と聞かれると、『できる』と即答せず、あれこれ言い訳を付けて断りがちです。もちろん、『できる』と答えないのは、その技術の難しさを知っているからこそ安易に返事ができないという、技術者としての誠実な姿勢のあらわれであることは理解できます。とはいえ、毎度そればかりだと、いつまでたってもできないままになります」
そこで松本氏は、社内に「はい、できます」という標語を社内に貼り出し、まずは「できます」と答えること、どうすればできるかを考えることを推奨しました。
「言ってみれば、自分自身を『ポジティブにだます』ことを業務命令にしました。社内でもお客さまに対しても、まずは『できます』と答え、その後に不安材料に触れる形にすると、不思議なことに、相手もその不安材料について一緒に考えようという雰囲気になります。自分たちがポジティブになることで、結果的にお客さまもポジティブになるという、良い循環が生まれるようになりました」
変わらない従業員を辞めさせてはいけない
このように社内に変化を巻き起こしてきた松本氏ですが、その一方で、必ずしもすべての従業員を変える必要はないとも主張します。ある程度の「割り切り」も大切だというのが、松本氏の考えです。
「ビジネスの世界では『2:6:2の法則』という考え方が存在します。これは、組織の中には『言わなくてもやる人』『言えばやる人』『言ってもやらない人』が、およそ2:6:2の比率で分かれるというものです。このうち『言ってもやらない人』は、どれだけ説得しても、頑として受け付けません。言葉は悪いですが、“抵抗勢力”と言い換えられます。
この2割は目立ってしまうので、経営者は“その人たちをなんとか変えてやろう“と考えがちですが、ここはあえて割り切るべきです。“抵抗勢力”だからといって、この人たちをリストラなどで外に出してしまってはいけません。そうすると、その上の『言えばやる人』の一部がこの層に移り、結局は2:6:2の割合になるからです。
『言ってもやらない人』に対しては、人間関係を構築し、うまく付き合って、別のところで力を発揮してもらうことを考えるべきです」
それでは、組織を変えるためにはどうすれば良いのか?松本氏は『言えばやる人』に絞って改革を進めるべきと言います。
「2:6:2の法則に従えば、何もしなくても上位の2割はすでに動いています。ここからさらに1割か2割ぐらいが動けば、会社全体が動いたような雰囲気になります。私は社員全体の3割程度が変われば、会社は“変わった”といって良いとみなしています。そう考えると、会社を変えることのハードルは、そこまで高くないことが分かるはずです。
例えばIBUKIでは、社内の6割ほどの業務を自動化した時点で社内調査を行ったところ、多くの従業員が、社内のすべての業務が自動で動いているような印象を受けていると回答しています。業務のすべてを変えなくても、社内にインパクトは与えられます」
デジタル化は「高精度化」ではなく「高速化」である
松本氏は、これからデジタルを取り入れようと考えている製造業に対して、伝えたいヒントが2つあるといいます。
1つは、デジタル化を推進する際には、どうしてもある程度の時間がかかってしまうことです。
「デジタル化によって、業務効率化は進みます。しかし、ある一工程に自動化処理を適用することで、これまでは存在しなかった段取りの作業が必要になるなど、従来のやり方よりも時間がかかってしまうことも起こり得ます。
とはいえ、ここで終わってはいけません。最初に狙ったその一工程だけでも短くなったならば、今度はその成功を糧に、その時間がかかるようになってしまった段取り工程を、さらにデジタル化し、効率化する方法を考えていくべきです。こうした作業を繰り返すことで、最終的には大幅な業務効率化が期待できます」
もう1つは、デジタルは「スピード」を重視するために存在する、ということです。
「例えばAIで製品の品質を検査する場合、人間の方がより精細にチェックできることはよくあります。AIはまだまだ精度が低く、人間が判別できることも見落としてしまいます。しかし、ここで重要なのは精度ではなくスピードです。AIを用いることで、人間では確認できないほどの、大量の製品の品質検査が可能になります。
日本人は品質とスピードを比較すると、どうしても品質を優先しがちです。それであれば、精度が求められる工程は引き続き人間が行い、そこまで精度が必要でない工程はデジタルで行うという使い分けもできます。スピードを重視するのであれば、確実にデジタルへの取り組みを進めるべきです。
デジタルへの取り組みには、とかく投資対効果が議論されがちです。もちろん、未経験の取り組みに対して不安を抱くのは当たり前のことではありますが、わからないなりに考え、仮説を立てることは大切です。まずは小さな一歩でも良いので、早く踏み出すことが重要と私は考えています」
松本晋一(まつもと・しんかず)
株式会社オーツー・パートナーズ 代表取締役社長CEO。大手化学メーカーからITベンチャー、コンサルティングファームを経て、2004年にO2(現オーツー・パートナーズ)を設立。2014年から山形県の金型メーカー安田製作所(現IBUKI)に資本参加して再建に尽力し、2022年まで代表取締役社⻑を務めた。
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