労働基準法第32条の2から第32条の5は、変形労働時間制について規定しています。変形労働時間制というと、いまだに「残業代を支払わなくていい制度である」と誤解している人が少なくありません。
厚生労働省は、変形労働時間制の目的を「繁忙期の所定労働時間を長くする代わりに、閑散期の所定労働時間を短くするといったように、業務の繁閑や特殊性に応じて、労使が工夫しながら労働時間の配分などを行い、これによって全体としての労働時間の短縮を図ろうとするもの」としています。変形労働時間制には、図表1の4つが挙げられます。
変形労働時間制を上手に採用することは、長時間労働の是正につながる可能性があります。本節では、変形労働時間制の上手な採用の仕方について説明します。
●事例1 月末と月初だけが忙しく、それ以外はそうでもない
A社の経理部は月次決算のため、月末と月初だけが忙しく、他の日はそれほどでもありません。しかし、月末と月初は時間外労働をしてもらわなければ仕事が回らず、どうしても労働時間を減らすことができません。
1カ月単位の変形労働時間制
1カ月単位の変形労働時間制は、1カ月の間で、繁忙期と閑散期が現れる業務において、この業務の繁閑に合わせた所定労働時間の設定が可能となります。
例えば、経理の業務のように月の前半と後半が繁忙期となるような業務については、月の中ほどの所定労働時間を短く設定し、月の前半と後半の所定労働時間を長く設定することで、月全体の労働時間の短縮を行うことができます。1カ月単位の変形労働時間制を採用するには、労使協定、または就業規則その他これに準ずるものに、図表2に掲げる事項を定めなければなりません。
なお、労使協定により1カ月単位の変形労働時間制を採用する場合は、所轄労働基準監督署に、この労使協定を届け出る必要があります。
1カ月単位の変形労働時間制を採用するメリット
1カ月単位の変形労働時間制を採用することにより、特定された週において週法定労働時間(原則40時間、特例44時間)を超えて労働させることができ、また、特定された日に8時間を超えて労働させることが可能となります。
1カ月単位の変形労働時間制を採用した場合の時間外労働
1カ月単位の変形労働時間制を採用した場合に時間外労働となるのは、次の(a)~(c)の3種類の時間です。
(a)1日については、労使協定、または就業規則その他これに準ずるものにより8時間を超える労働時間を定めた日はその時間を超えて労働した時間。それ以外の日は8時間を超えて労働した時間(図表3参照)。
(b)1週間については、労使協定、または就業規則その他これに準ずるものにより週法定労働時間を超える労働時間を定めた週はその時間を超えて労働した時間。それ以外の週は週法定労働時間(原則40時間、特例44時間)を超えて労働した時間(上記(a)の時間外労働となる時間は除く)(図表4参照)。
(c)変形期間については、法定労働時間の総枠を超えて労働した時間(上記(a)または(b)の時間外労働となる時間は除く)(図表5、図表6参照)。
●事例2 繁忙は不定期、通常の方法では時間外労働は減らせない
B社は研究所を持っており、そこに勤める研究職の社員は、研究の進捗具合によって、かなり遅くなる日があります。毎日ではありませんが、遅くなる日に決まりはなく、どうしても時間外労働を減らすことはできません。
フレックスタイム制…
フレックスタイム制は、3カ月以内の一定期間における総労働時間をあらかじめ定めておいたうえで、労働者がその範囲内で各日の始業時刻および終業時刻を設定できるという制度です。労働者は生活と業務の調和を図りながら効率的に働くことができ、労働時間の短縮を図ることができます。
フレックスタイム制を採用するには、就業規則その他これに準ずるものにより始業および終業の時刻の両方を労働者の決定に委ねる旨を定め、労使協定に次の事項を定めなければなりません(図表7、図表8参照)。なお、清算期間が1カ月を超えるフレックスタイム制についての労使協定は、所轄労働基準監督署に届け出なければなりません(清算期間が1カ月以内のフレックスタイム制については、届け出る必要はありません)。
フレックスタイム制を採用するメリット
フレックスタイム制を採用することにより、特定された週において法定労働時間(原則40時間、特例44時間)を超えて労働させることができ、特定された日において8時間を超えて労働させることが可能となります。
フレックスタイム制を採用した場合の時間外労働
フレックスタイム制を採用した場合に時間外労働となるのは、清算期間における法定労働時間の総枠を超えた時間です。清算期間における法定労働時間の総枠の計算方法は、図表9の通りです。
●事例3 1年を通して繁忙な季節がある
C社はエアコンの部品を作る工場であり、春先が特に忙しくなります。裏を返せば、これ以外の時期については、それほどでもありません。
1年単位の変形労働時間制
1年単位の変形労働時間制は、季節などによって業務に繁閑の差がある事業において、業務の繁閑に合わせて労働時間の効率的な配分を行い、全体として労働時間を短縮するために設けられた制度です。1カ月を超え1年以内で労働時間を設定します。1年単位の変形労働時間制を採用するには、労使協定に図表10のことを定め、所轄労働基準監督署に届け出る必要があります。
1年単位の変形労働時間制を採用するメリット
1年単位の変形労働時間制を採用することにより、特定された週において40時間を超えて労働させることができ、特定された日において8時間を超えて労働させることができます。ただし、1年単位の変形労働時間制を採用したときは、常時10人未満の労働者を使用する労働時間の特例に該当する事業であっても、44時間の特例を使用することができなくなります。
1年単位の変形労働時間制を採用した際の時間外労働
1年単位の変形労働時間制を採用した場合に時間外労働となるのは、次の(a)~(c)の3種類の時間です。
(a)1日については、労使協定により8時間を超える労働を定めた日はその時間を超えて労働した時間。それ以外の日は8時間を超えて労働させた時間(図表11参照)。
(b)1週間については、労使協定により40時間を超える労働を定めた週はその時間を超えて労働した時間。それ以外の週は40時間を超えて労働させた時間(上記(a)の時間外労働となる時間は除く)(図表12参照)。
(c)対象期間の全期間については、対象期間における法定労働時間の総枠を超えて労働させた時間(上記(a)または(b)の時間外労働となる時間は除く)(図表13参照)。
●事例4 週末だけ忙しい
D旅館は金曜日や土曜日などの休日の前日が特に忙しく、それ以外はそれほどでもありません。小さい旅館なのですが、平日は比較的に暇なので、従業員の労働時間を減らすための何かいい制度はないかと思っています。
1週間単位の非定型的変形労働時間制
1週間単位の非定型的変形労働時間制とは、日々の業務に繁閑の差が大きい、常時使用する労働者数が30人未満の小売業、旅館、料理店、飲食業の事業に該当する事業が採用できる制度です。労使協定を締結し、所轄労働基準監督署に届け出る必要があります。また、労働させる1週間の各日の労働時間を、少なくとも1週間前に労働者に書面で通知する必要があります。
1週間単位の非定型的変形労働時間制を採用するメリット
1日について10時間まで労働させることが可能となります。ただし、労働時間の特例に該当する事業であっても、1週間の法定労働時間は40時間となります(図表14参照)。