それぞれ離れた所で暮らしている4姉妹は久しぶりに顔を合わせるらしく、まるでお盆かお正月に親戚が集まったようなにぎやかさで、私たちの緊張をなごませてくれた。土地を手放すというのはどのような心境なのだろう。さみしさはあるのかなと、売り主の気持ちを想像してみたけれど、姉妹たちは案外あっさりしていて、「スッキリ売れてよかった」というような、明るい表情で迎えてくれたことにも気持ちが軽くなった。
4姉妹それぞれが、違う話題を同時にしゃべるので内容がよく聞き取れなかったのだが、あの土地は、昔は桑畑として、その後に半分は針葉樹を植林、もう半分は野菜などの畑として使われてきたという。今は植林も伐採され、畑も使われず、野原になっている。
土地の北端には梅と柿の木が植えられ、西側にシンボルツリーとも言えるゴヨウマツの大木が立っている。それについて尋ねると、次女が「あの梅の木は紅梅で、花はきれいだし、中粒で漬けるのにちょうどいい実がなるの。柿は渋柿だけれど、手入れをすれば大きな実がなると思うわよ」と教えてくれて、長女は「ゴヨウマツを植えたのは、50年以上前でしょうね。ほかにもいろいろな木や花が植わっているから、かわいがってあげて」と話してくれた。もちろん、大切にしていこうと思っている。
無事に契約が済み、晴れて土地が私たちのものとなった。改めてその野原に立って周りを見回してみても、まだここが自分たちの土地だという実感は湧いてこない。でも、畑はこの辺りに作って、家はこの辺りかな、などと考えるとたまらなくワクワクしてくる。
契約日から幾日かが過ぎ、早速何か作業をしてみたくなった。3月、この辺りはちょうど木々が芽を出し始める時期。剪定(せんてい)には少し遅いかもしれないけれど、まずは「かわいがってあげて」と言われた木の手入れから始めることにした。シンボルツリーのゴヨウマツは、私が抱き付いてもまったく腕が回らないぐらい太く、高さは3階の建物ほどある。柿も植えられてから数十年が過ぎた大きな木だ。両方とも今のうちに枝先を切っておかないと、さらに大きく成長して大変なことになるに違いない。とはいえ、高過ぎて簡単には切れそうにない。ひょろりと伸びた紅梅はどうだろうか。
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春、青空にみごとな花を咲かせた紅梅の木[/caption]
こちらの梅は高さ5mほどになるものの、あまり元気がない。近づいてよく見てみると、地面から1mぐらいの所で幹が二股になっていて、その片方が虫に食われたのか枯れ、もう一方の枝にのしかかっている。まずは、この枯れた幹を切ってみよう。
思いついたら、すぐに行動しないと気が済まない私は、家から持ってきた夫の木工用手鋸(てのこ)を、早速枯れた方の幹に当ててみた。シャカシャカ、シャカシャカ。小さなのこぎりなのに、思っていたよりも気持ちよく刃が入っていく。こんなとき、最初に手を出すのは夫ではなくて、たいてい私だ。夫はガクを胸に抱いて、じっと様子をうかがっている。
直径15㎝ほどの幹の半分ぐらいを切ったとき、夫がポツリとつぶやいた。「いきなり切られて、木は痛くないのかなあ……」。私は笑いながら「枯れているんだから痛いわけがないでしょう。大丈夫だよ。重たい枯れ枝がなくなれば、木だって楽になって喜ぶんじゃない?」そう言ってのこぎりを動かす手を早めた。
でも、その直後から、急にのこぎりの歯が重くなり、切りづらくなってきた。「あれ?なんか切れない。枝が傾いてのこぎりをかんでいるのかな」。さらにのこぎりを握る手に力を込めてみた。すると夫が「ねえ、ねえ、木から何か、赤いものが出ているんだけど……」と言う。「ウソでしょう?」。さすがにドキリとして、手を止めた。切った部分を見てみると、真っ赤な木くずが出ている。「血、じゃないよね……」と夫。「そんなわけ、ないじゃん」と返事をしつつ、一瞬、おびえてしまった。
木くずをよく見て初めて気が付いた。紅梅は花だけじゃなくて、幹の中にも赤い色素を持っているらしい。それが赤い木くずとなって出たのだろう。そして、この枝は完全に枯れていると思ったのに、まだ少し、生きていたみたいだ。枯れている部分はサクサク切れたのに、生きている部分はこんなに固くて切りづらいなんて、まったく知らなかった。思えば、簡単な工作でのこぎりを使ったことはあっても、私も夫も地面から生えている木を切ったことなんて一度もない。
かわいそうなことをしたなと思ったけれど、すでにだいぶ切ってしまっているし、途中でやめるわけにもいかない。私がちゅうちょしているのを見て、「交代しようか?」と言って、残りは夫が切ってくれた。間もなく、ドサリと重い音を立てて、梅の幹が落ちた。ほとんどは枯れていたけれど、切り口の一部は赤っぽい、きれいな色をしていた。そして枝先の一部には膨らみかけた赤いつぼみが付いている。「余計なことをしちゃって痛かったかな。ゴメンね」と思わず木に謝った。
その翌週、紅梅は花をたくさん咲かせて、私たちの目を楽しませてくれた。鮮やかな花は青空にとてもよく映えたし、雨上がりの霧が漂う中に、ぼんやりとこの赤い花が浮かぶ姿も本当に美しかった。花が終わった後、残りの枝からも元気に芽吹き、6月下旬の今、その梅はピンポン球より少し小ぶりな実をたわわに付けている。木にダメージはなかったみたいでよかった。そろそろ実を収穫してみようか。
山野を彩る季節の植物たち 〜ニッコウキスゲ〜
7月、山野から亜高山帯の草原に、よく目立つラッパ状の花を付ける。名前は栃木県の日光にちなみ、花が鮮やかなだいだい色なので黄菅(きすげ)。元々はゼンテイカという名だが、今はニッコウキスゲのほうが一般的だ。10㎝ほどの大きな花は1日でしぼんでしまうけれど、つぼみが次々に開くので群生地では案外長く楽しめる。以前、東北の知人から、昔は新芽をおひたしにして食べたと聞いて驚いたことがあった。それ以来、花を見るたびにどんな味だろうと想像してしまう。