リーダーシップ。「リーダーシップ」という言葉は、私たちに力強い印象を与える。私たちはその概念を、戦士や政府の役人、官僚から政治活動家、CEOまで、実在であれ架空であれ、さまざまな種類の人物と結びつけている。この人だったら、いついかなるときでも、どこへでもついて行こうと思えるリーダー像を、誰もが抱いている。それが個人的経験や事実に基づく場合もあるが、多くは一個人について出来上がった虚像で、時間とともに尾ひれが付いたものだ。アマゾンを見てみれば、リーダーやリーダーシップについて書かれた本がごまんと見つかる。その多くは、リーダーシップについて知られざる秘密を伝えるとうたっている。例えば、『アッティラ王が教える究極のリーダーシップ』(ダイヤモンド社)や、『「最高のリーダー」の秘訣はサンタに学べ』(文響社)まで、このジャンルの本は多岐にわたる。
私たちがリーダーシップに強い興味を抱くのも驚くには及ばない。破壊と急激な変化の時代に、忍耐力を引き出し成功へと導いてくれるリーダーに、人は憧れるものだ。騒然としたビジネス環境で組織が足場を探すとき、組織を新しい現実に導くずばぬけたリーダーが必要になる。リーダーには、人が集まるビジョンを生み出すことが求められるだけではない。最高の人材を引きつけ、その中でもさらに最高の人たちを取り込むことによって、デジタル面の成熟を可能にする状況を作り出すことも求められる。だが、デジタル面の成熟を急ぐ私たちに自動車王のヘンリー・フォードや、インド独立の父であるマハトマ・ガンジー、至言に満ちた英政治家のウィンストン・チャーチル、はたまた指導者としてNBAを幾度も制覇したフィル・ジャクソンが必要なのかどうか、ぜひとも知りたいところだ。
デジタルリーダーシップの課題
デジタルディスラプションに関わる急激な変化は、リーダーシップの性質について私たちが認識する概念に疑問を抱かせ、混乱を引き起こしかねない。多くの人は、時代が異なれば異なるタイプのリーダーが求められると、固く信じている。戦時中は、平和時と異なるリーダーが国家に必要になる、好景気には、経済危機のときとは異なるリーダーが国家に必要になる、という具合に。
だが、本当にそうだろうか?リーダーシップの本質はデジタル時代において、変化するのだろうか?本当にリセットボタンを押す必要があるのだろうか?あるいは、高まる不確実性のせいで、私たちは本質的要素を忘れて、最新のきらびやかに輝くものに目を奪われているのだろうか?
デジタルディスラプションで求められるものと緊密に結びつく特徴もあるが、一度、効果的なリーダーシップの特徴の一部は変化していないと仮定してみよう。問題となるのは、どちらがどうなのかということだ。つまり、効果的なリーダーシップのどの原則がデジタルディスラプションに左右されないのか、そしてどの原則がこれに適応する必要があるのか? 今までうまくいっていたことを堅持すべきときはいつか、そしてリーダーシップの教則本を更新すべきときはいつなのか?ということである。
「遺伝子型」と「表現型」
効果的なリーダーシップの特徴の中で、どの特徴が時代を超えても変わらず、どの特徴がデジタル環境に適合する必要があるか。この問いに答えるために役立つ方法を生物進化論が示してくれる。進化論の世界では、チャールズ・ダーウィンが重鎮として存在感を放っている。自然淘汰や適者生存のような説は、1859年に出版されたダーウィンの有名な『種の起源』で最初に発表された。一方で、ウィルヘルム・ヨハンセンの名を知っている人ははるかに少ない。ヨハンセンはデンマークの植物学者で、一九世紀後半から二〇世紀初頭にかけて植物研究を行った。彼は、同一の遺伝子を持つ種から大型または小型の植物を作り出すことが可能だと、結論を下した。この現象を説明するために、「遺伝子型」と「表現型」という用語を画期的な論文(と、のちに出版された著書)で発表し、これは遺伝学の基礎を説く教科書となった。
ヨハンセンは、生物が持つ遺伝子を表現するために、「遺伝子型」という用語を使った。遺伝子型は生物の遺伝学的設計図である。受精時に確定し、生物の一生涯にわたり変化することはない。これと対照的に、「表現型」は生物の物理的特徴を表し、その特徴は遺伝学的設計図と環境の相互作用に起因する。環境次第で、同じ遺伝子型がまったく異なる表現型の特徴をもたらす可能性がある。例えば、長身の遺伝子を持っている人物でも、その身長は、食事や気候、病気、ストレス、その他環境的要因にも影響を受ける。
これは、デジタルリーダーシップの性質を理解するにはうってつけの例えである。ただし、私たちは決して個人の遺伝子に言及しているのではなく、優れたリーダーの特質に言及しているという点に気を付けてもらいたい。力強いリーダーシップとは学習可能な特質であり、持って生まれたもの、生来持ち合わせているものではないと、私たちは考える。遺伝子型あるいは設計図は、効果的なリーダーシップのために目的を授ける、社員を鼓舞する、コラボレーションを促すなどの一連の特徴で構成される。こうした特質は、どんなときも優れたリーダーシップの本質であり、優れたリーダーシップの設計図を今後も定めるだろう。しかし、こうした基本的な特質は、デジタル環境においては、従来の環境とは異なる形で表現されることになる。
デジタルリーダーシップの3つの誤解…
遺伝子型と表現型を用いた遺伝学の例えは、デジタルリーダーシップについてリーダーが犯しやすい、次の3つの間違いを明確にするために役立つ。
1.「成功するリーダーシップの遺伝子型はデジタル環境では根本的に変化する」、「優れたリーダーシップの中核はデジタル時代に直面する課題とデジタル機能のせいで以前と大きく異なる」と多くのリーダーが誤解している。この誤解のせいで、リーダーたちは実証済みのリーダーシップの多くの教訓と経験をないがしろにし、それとはまったく異なるやり方を試そうとする。異なる環境で形成されたというだけで、これまでのキャリアで磨いたリーダーシップの有益な素質をないがしろにすれば、優れたリーダーでも誤った判断を下す恐れがある。
2.次は一つ目の間違いの反対だ。優れたリーダーシップの表現型はデジタル環境でも変わらないと、リーダーは考えがちだ。優れたリーダーシップはやはり優れたリーダーシップのままだとはいえ、まったく新しい環境では、必然的に異なる形になるはずだ。カーボン紙やタイプライター、加算器がもう現代のオフィスで使われないように、ドットコム時代に構築されたリーダーシップのアプローチは、更新する必要がある。
3.多くのリーダーが、デジタル環境を利用してリーダーシップを示すという形式を、デジタル環境における優れたリーダーシップの表現型が発現されたものだと、勘違いしている。デジタルに物事を行うことが、自動的に人を有能なリーダーにするのではない。例えば、デジタル環境で有効なコミュニケーションにはデジタルプラットフォームの利用が含まれるかもしれないが、こうしたプラットフォームを利用するだけで自動的に良質のコミュニケーションが取れるわけではない。それどころか、こうしたプラットフォームはあらゆる種類の情報伝達を容易にするので、優れたリーダーシップのみならず、お粗末なリーダーシップをも増幅しかねないのだ。
同じままでよいものは何か?
マネジメントの主な特徴の中で、デジタルディスラプションでも変わらない特徴と、新たな重要性を帯びた特徴を明確にするデータがある。幹部クラスに私たちの調査の話をすると、「自分たちのこれまでのやり方とどう違うのか?」と聞かれることが多い。違わないと答えることも多いのだが、リーダーたちがデジタルディスラプションに直面すると、優れたリーダーシップを見失いがちになることには驚かされる。構想が失敗に終わった回答者の多くがこうした問題を報告していることからも、重要な教訓は繰り返すに値する。
①構想の事業価値にフォーカスし適切に投資する
デジタルディスラプションでも変わらないリーダーシップの重要な特徴の一つは、デジタル構想の価値にフォーカスすることの重要性である。この教訓は言わずもがなだと思われるかもしれない。だが、リーダーはテクノロジーの側面に集中するあまり、そもそもなぜそれに取り組んでいるのか――つまり、自分たちの会社のやり方を改善するためだということを忘れてしまう。テクノロジーは、デジタルトランスフォーメーションの目的のほんの一部にすぎない。重要なことは、新しいテクノロジーを用いて、新しいビジネス戦略、あるいはより効果的なビジネス戦略を実現させることだ。
この場合当然ながら、構想を成功させるためには十分な投資をすることを忘れてはいけない。驚いたことに、リーダーたちは、財政支援やリソースを適切に投入しなくてもプロジェクトがうまくいくと思いがちである。デジタルトランスフォーメーションが本質的に人と組織に関する問題ならば、デジタルトランスフォーメーションへの本当の投資に、テクノロジーが占めるのはほんの一部である。人間が新しいテクノロジーを使えるようになるのにも、組織が仕事とコミュニケーションのプロセスに適応するのにも、時間やお金がかかるものだ。
②最前線で指揮する
経営陣の支援も、デジタル成熟度の重要なカギとなる。新しいテクノロジーの調達や構築に直接関わっていないリーダーは、自分たちを“デジタル”リーダーではないと見なす傾向にある。だが企業がデジタル事業に大いに力を入れるとき、すべてのリーダーはデジタルリーダーにならねばならない。テクノロジーの導入に直接関わっているにしてもいないにしても、デジタル構想の価値を理解していなくてはならない。
また、組織のその他の側面も目標達成のために足並みをそろえる必要がある。企業幹部がデジタル事業の責任を技術者に一任しているならば、ほぼ間違いなく失敗する。経営陣のデジタル事業構想への関与と直接の支援は、その事業が重要だというメッセージを企業全体に伝える。さらに、組織のその他の側面をこうした目標に一致させられる。
③社員が成功するために必要な力を身に付けさせる
これは、常に変わらない優れたリーダーシップの3つ目の側面となる。社員が成功できるように、リーダーは社員に力を付けさせなくてはならない。だがデジタル構想は、トップが強力な指令を下したからといって成功できるようなものではない。企業が新しいテクノロジーを導入したのだから、社員は新しいプロセスに取り組むようになると期待するなら、あなたは失望することになる。社員は取り組まない。一般的に、既存の仕事の責任に当てはめて、臨機応変に新しい働き方を見つける時間やノウハウが、社員にはないと考えたほうがいい。リーダーは社員に成功の機会を与えなくてはならない。
デジタルリーダーシップは魔法ではない
SF作家アーサー・C・クラークは、高度な先端技術は魔法と見分けがつかないと語った。同じことがテクノロジーにも言える。その背後にある基本原則を単に理解できないために、多くのリーダーが、テクノロジーを高度な魔法のようなもの(あるいは詐欺)と見なす。ところが、どのように魔法が行われているのかカーテンの陰をのぞいてみると、リーダーが以前から使っていた、昔と同じ古いノブとレバーを何人かで引いている様子が目に入る。確かに、そのノブとレバーは少々違って見えるし、それを動かしたときの効果にはなじみがないかもしれないが、デジタルリーダーシップが根本的に異なるわけではない。いくらか新しい環境にあるとはいえ、デジタルリーダーシップはデジタルリーダーシップだ。その原則は魔法ではないし、有能なリーダーなら、理解するのはさほど難しくない。