価値あるデジタル人材とは?
「社員が最も重要な資産だ」。それを聞くと私たちは天を仰ぐ。これは企業のリーダーがよく口にする善意の言葉だが、ありふれた決まり文句になってしまい、本来の意味と重要性がほとんど失われている。とはいえ、秀逸なデジタル戦略にはまず秀逸な人材が必要となる。変化が加速度的に生じる世界では、組織にとって最善の戦略は、組織が変化の海を乗り切れるようなインフラを確立することだ。それは最も有力な資産から着手される――もちろん、社員である。
デジタル人材を確保できないことが、実はデジタルディスラプションが引き起こす重大な脅威の一つであることが、私たちの調査で分かっている。だが、価値ある人材を確保する方法について述べる前に、デジタルワークが進む環境で成功するためにはどのような人材とスキルが最も重要なのか、明確にしなくてはならない。
ハードとソフトの、ハイブリッドスキルが求められている
テクノロジーが急速に変化する世界では、テクノロジーに関するスキルと能力は重要で、今後の仕事とキャリアにとって必須条件となりつつある。これは何も新しい問題ではない。60年前、ソビエト連邦が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功すると、アメリカに衝撃が走った。アメリカより数カ月も早いソ連の成功は屈辱的だった。この出来事は、「アメリカの科学教育に待ち望まれていた改革を実行するきっかけとなった。科学教育に新たな方針が必要だと長年推進してきたアメリカの科学界は、この国家的な機運の高まりを捉え、カリキュラムを刷新した」。
私たちは現代版スプートニク効果を経験している。実際、過去20年間におけるSTEM(科学Science、テクノロジーTechnology、エンジニアリングEngineering、数学 Mathematics)教育への投資の増加は、こうした分野が個人間、組織間、地域間競争において重要な役割を果たすという認識を裏付けるものだ。
アメリカ連邦労働統計局は、2012年〜22年の間にこの分野の雇用は900万人まで増えると見込んでいる。多くの組織が、プログラミング、データサイエンス、データアナリティクスなどのテクノロジー関連のスキルを、最も需要のあるスキルとして挙げている。ただ、本格的で深いテクノロジーのスキルは重要であり、将来のために必要な能力ではあるが、必要となる唯一のスキルではない。それどころか、必要とされるスキルの中で最も重要なスキルとはいえないかもしれない。
STEMの分野に、人類学、心理学、社会学などのソフトサイエンスを含める人もいるが、これまではエンジニアリングやプログラミング、数学などのハードサイエンスに圧倒的に重点が置かれてきた。それでも、従来のSTEMの分野にアート(Art)を加えることを提唱するSTEAMという運動が起きているように、創造性がイノベーションで重要な役割を担うことが、ますます認識されつつある。企業は現在、ハードスキルとソフトスキル、テクノロジースキルとビジネススキル、この両者のバランスを図ろうとし始めている――すべてを同じ一人の人に求めようとしている。これを、多くの組織が多様なテクノロジーで作ろうとしている山にも似た、スキルの“山”と見なすといい。現在、このようなハイブリッドな役割が組織で増えている。
スキルを越えて、マインドセットへ…
自らが変化し成長できる人で、組織にも迅速に変化と成長を起こせる人を、企業は必要とする。本連載の第6回と第7回で述べたように、変化指向型であることは、組織のすべてのレベルにおいて、そしてとりわけ、リーダーにとって重要になる。
変化指向型がこれほど重視される理由の1つは、かつてない速さでスキルが劣化するさまを、人々が目の当たりにしているからだろう。フォーチュン500企業のあるデジタルリーダーは、次のように指摘した。「私たちの業界の多くの領域では、専門技術の半減期はおよそ10年から12年だ。だから、何かを学ぶ場合――例えばかつて販売の仕事をしていてその後販売を離れた場合、10年か12年後に販売の仕事に戻っても、以前の知識の半分は、まだその仕事の日常業務に使うことができるだろう。デジタルの領域では、半減期は18カ月ほどしかないのではないだろうか。この領域の変化は非常に速いからだ」。
だが、適切なスキルを備えるだけでは十分ではない。現代の人材は、変化を受け入れ、変化を乗り越えなくてはならない。仕事でのこうした変化に対処し、新たな課題に立ち向かい、現れたチャンスに取り組むために、組織には適切な性質とマインドセットを持った人材基盤が必要になる。
継続的学習のための「しなやかマインドセット」
ベイエリアでトップのベンチャーキャピタル会社のパートナーに、シリコンバレーで成功するヒントになるような、おススメの本について尋ねた。彼は、キャロル・S・ドゥエックの『マインドセット「やればできる!」の研究』(草思社)を挙げた。ドゥエックはマインドセットの2つのタイプを対比させている。「しなやかマインドセット(a growth mindset)」と、「硬直マインドセット(a fixed mindset)」だ。もって生まれた才能よりも、マインドセットのほうが成功するうえではるかに大きな役割を果たしていることを、ドゥエックの研究は明らかにした。
硬直マインドセットの人は、知能は(才能や人格、その他の特質と能力と共に)変わらないものだと思っている。それが備わっているにしろいないにしろ、変えるためにできることはほとんどない。しなやかマインドセットでは、知能(才能や人格、その他の特質と能力)は成長させられるという、核となる信念が起点になる―知能は固定されてもいないし、あらかじめ決まっているわけでもない。しなやかマインドセットの人がフォーカスするのは、プロセスと結果である。何をどのように学び、何がどのように進展するのかに対して影響を与えるので、プロセスと努力は非常に重要となる。
デジタル人材開発で要となるのは、「しなやかマインドセット」を育成することである。もちろん、しなやかマインドセットをどれほど育てたとしても、組織の誰もが、ハドゥープ(Hadoop)のような分散処理技術や機械学習といった、高度なテクノロジースキルを身に付けられるわけではない。だが、誰もがデジタルリテラシーを高め、変化にうまく適応できるようになり、クリティカルに思考するようになる。急激に変化する環境で働くために必要なスキルと知識を社員が継続的に育てる能力に、しなやかマインドセットは欠かせない。このマインドセットを持つ人はたいてい、難題を忌避せずに受け入れ、逆境にもくじけず、努力を熟達に至る道と見なし、批評とフィードバックから学習し、他人の成功に教訓を見いだして励みとする人たちである。
テクノロジーはミレニアル世代だけのものではない!
デジタル成熟度をミレニアル世代と結びつけたいというビジネスリーダーの先入観ほど、しなやかマインドセットの欠如が浮き彫りになるものはない。ミレニアル世代は、デジタルの必要性や能力が、生まれつき、または自然と染み付いていると、世間では信じられている。ところが、4年に及ぶ私たちの調査から、デジタルに対する見方や欲求を予測する材料として、年齢は驚くほど当てにならないことが分かっている。
実際、年齢の高い働き手に対し、彼らの成功に必要なデジタルリテラシーを教えるほうが、若い働き手に対して、彼らが必要とする組織に関する知識を教えるよりも、私たちとしては教えやすいことが多かった。若い生徒は、テクノロジーの“手続き的な”適用に優れている傾向がある。つまり、さまざまなアプリやプラットフォームを使いこなすことを得意とする。一方、年長の生徒は、テクノロジーの“戦略的な”適用に優れているといえる。彼らがテクノロジーの能力をよく知るようになれば、若い生徒よりもすばやくビジネスへの適用を理解する傾向がある。
ミレニアル世代は確かに、テクノロジーについての知識は豊富だが、一方で組織とビジネスについて学ぶべきことも多い。組織でしなやかマインドセットを育てるということは、社員の年齢にかかわらず、彼らのデジタル能力の育成に長期的に役立つ。
組織のしなやかマインドセットを育てる
組織に所属する人たちのみならず、組織自体もしなやかマインドセットを育てられる。会社が硬直マインドセットの特徴を示している場合、社内の人たちの考え方を変えて、デジタル組織での成功に必要なスキルを身に付けさせるために、まずそのレッテルを変える必要があるかもしれない。
調査で見られた興味深い傾向として、社員を「だまして」デジタル構想に引き込む必要があると、何人かの幹部が言っていたことが挙げられる。彼らがトランスフォーメーションの取り組みをデジタルの観点から話すと、社内で硬直マインドセットが優勢になる――社員はデジタル人間ではないので、自分たちが、または自分たちの組織が、その取り組みを達成できるとは信じていないのだ。そこで、デジタル的側面の明言を避けて、カスタマーサービスの向上やつながりの新手法を探るといった観点から話す。
社員が居続けたくなるような環境を、組織は作らなくてはいけない。だが一方で、それは理想を実現できる環境でなくてはならない。変わりゆくスキルとスキルの急速な陳腐化を考慮すると、個人も組織も継続的に学習する文化を築き、しなやかマインドセットを育成し促進する必要があるだろう。これが、絶え間ない進化と適応のカギとなる。