日本人スタッフへの外国語教育、多言語コールセンターの活用など、宿泊施設の外国人観光客対応強化にはさまざまな手段があります。しかし、それにも限界がありますからやはり外国人労働者の活用を考えなければ、日本の宿泊施設業界の発展は望めません。従来の在留資格の範囲では外国人の雇用は難しい面がありましたが、2019年の入管法改正で即戦力雇用の道が開けました。コロナ後を考えて、外国人労働者の受け入れを考えましょう。
前回、宿泊施設における外国人スタッフ雇用の有効性を紹介しました。もちろん、日本人スタッフの外国語教育に力を入れている宿泊施設もあり、それも一つのやり方です。ただ、外国人旅行者は、その時代により、さまざまなところからやってくるため、外国語といっても英語や中国語だけではなく、韓国語、タイ語、ベトナム語などさまざまな教育が必要になります。
また、自治体などが宿泊施設向けの多言語コールセンターのサービスを提供中です。その導入事例を観光庁が紹介しています。これは、外国人から電話で問い合わせがあった場合に、代わりにコールセンターの通訳スタッフが答えたり、逆に、外国人に電話をする際に、通訳して伝えたりという機能があります。電話料金はかかりますが、サービスの利用は無料というケースが多いようです。
ただし、多言語コールセンターを活用しても、どこかで限界はありそうです。例えば、ホテルのフロントで外国人の宿泊客から「今から友人が私を訪ねて来るんだけど、そのまま部屋に入れますか?」などと話しかけられて、その言葉を聞き取れないときに即座に助け舟を出してもらうといった、ホテル内部でのこまごまとした日常的な業務の通訳までは通常、想定されていないようです。
もちろん、コールセンターの機能もどんどん拡張していく可能性はあります。人工知能(AI)を活用した翻訳機なども、どんどん進化を遂げてはいます。とはいえ残念ながら、現時点では、即時にどのような言葉・表現も逐一通訳できる機械・ソフト(アプリ)はありません。
加えて、先ほどのアンケートで、コミュニケーションの問題も出ていました。「多言語表示の少なさ・分かりにくさ」も23.6%と、やはり高い割合で外国人旅行者が困っています。ですが、やみくもにあれもこれも「多言語表示」にすればいいというものでもありません。
女性トイレは赤いスカートをはいた人のマークを張っておけば分かりそうな気がします。ただ、外国人がこれは分からないだろうから、表示を出しておいた方がいいというところには、多言語表示を出した方がいいと思います。「外国人がこれは分からないだろうから、表示を出しておいた方がいい場所」は、どこでしょうか?そもそも、「女性トイレは赤いスカートをはいた人のマークを張っておけば分かる」というのは、本当に確かでしょうか?それは、その国の文化などに関する知識がないと、分かりません。
アメリカやシンガポールなどは、旅行で行ったときに、そのような表示を見つけたことがあるので、たぶん、トイレの表示はそれでよい気がしますが、タイやベトナムがどうなっているかは、分かりません。タイ人やベトナム人の従業員がいれば分かるのになあ、と思いませんか?
宿泊施設での外国人雇用の注意点…
外国人宿泊客が多い宿泊施設や、これから外国人宿泊客を増やしていきたい宿泊施設であれば、簡単に外国人を雇用できそうなものですが、実際には、ビザの申請を出しても認められないケースもあります。
「政府は観光立国施策を掲げているのに、どんな場合に外国人を宿泊施設で雇えるのかがよく分からない!」という声に答えて、2015年に入国管理局は、「ホテル・旅館等において外国人が就労する場合の在留資格の明確化について」という在留資格該当性による考え方と許可事例を公表しています。
一般論としては、日本や海外の大学、日本の専門学校を卒業した人が、日本のホテルや旅館に就職する場合には、「在留資格認定証明書交付申請」、または留学ビザからの「在留資格変更許可申請」を行うことが必要です。
その場合、該当性が考えられるのは、在留資格「技術・人文知識・国際業務」です。要するに、大学や専門学校で学んだ知識を活用できるような業務に就かなくてはいけないということで、掃除やシーツ交換などの単純作業では認められないということです。
ただ入管側も、入社研修で、ホテルの業務を一通り体験してもらうという作業の中での掃除やシーツ交換業務をするとか、本来はフロント業務でも急に団体客が入ってきたときに掃除やベッドメイキングをしたとしても、それは差し支えないと説明しています。それは当然で、支配人も自ら掃除しているときに、外国人スタッフだけが「私は、ホワイトカラーの仕事しかできないんで…」と言っている場合ではありません。
加えて、「日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を受けること」も要件として必要となります。これでビザの基準が分かったという人は、そうはいないと思います。そのため、入管側は許可事例、不許可事例も公表しています。いくつか見てみましょう(図表1、図表2参照)。
■図表1 許可事例
・本国で大学の観光学科を卒業した者が、外国人観光客が多く利用する日本のホテルとの契約に基づき、月額約22万円の報酬で、外国語を用いたフロント業務、外国人観光客担当としてのホテル内の施設案内業務などに従事
・日本の経営学を専攻して大学を卒業した者が、外国人観光客が多く利用する日本のホテルとの契約に基づき総合職(幹部候補生)として採用。2カ月の座学を中心とした研修と、4カ月のフロントやレストランでの接客研修を経て、月額約30万円の報酬で、外国語を用いたフロント業務、外国人観光客からの要望対応、宿泊プランの企画立案業務等に従事
■図表2 不許可事例
・本国で経済学を専攻して大学を卒業した者が、日本のホテルでの採用と申請があった。従事する予定の業務の詳細な資料の提出を求めたところ、主たる業務が宿泊客の荷物の運搬と客室の清掃業務であり、「技術・人文知識・国際業務」に該当する業務に従事するものとは認められず不許可
・本国で日本語学を専攻して大学を卒業した者が、日本の旅館で、外国人宿泊客の通訳業務を行うとして申請があった。その旅館の外国人宿泊客の大半が使用する言語は申請人の母国語と異なっており、申請人が母国語を用いて行う業務に十分な業務量があるとは認められず不許可
・日本の専門学校でホテルサービスやビジネス実務などを専攻し、専門士の称号を付与された者が、日本のホテルとの契約に基づき、フロント業務を行うとして申請があった。提出された資料から最初の2年間は実務研修として、レストランでの配膳や客室の清掃に従事する予定であることが判明した。これらの「技術・人文知識・国際業務」の在留資格には該当しない業務が大半を占めることとなるため、不許可
荷物の運搬、客室の清掃業務、レストランでの配膳などの単純作業は認めない、フロント業務も外国語を使うという大義名分が成り立たないと認めない、ということになります。既存の在留資格「技術・人文知識・国際業務」にはめ込んで外国人スタッフを雇用しようとすると、入管での扱いは、こういう扱いになっていました。
特定技能ビザ取得試験をすでに4回実施
「宿泊分野」では、このような背景があった中で、2019年に改正入管法が施行されました。深刻化する人手不足に対応するため、専門性・技能を生かした業務に即戦力として従事する外国人を受け入れることになったわけです。
2019年時点では、この分野において、向こう5年間で最大2万2000人を受け入れることになっていました。外国人が従事する業務は、「宿泊施設におけるフロント、企画・広報、接客、レストランサービスなど宿泊サービスに関する業務」となります。
特定技能ビザを取得するための試験(「宿泊業技能測定試験」)は、日本旅館協会・全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会・日本ホテル協会・全日本シティホテル連盟の4団体が共同で設立した「一般社団法人 宿泊業技能試験センター」により実施されています。2019年4月に第1回の試験が行われ、2021年11月には第4回試験が実施されました。4回までの合格者は、合計700人弱にとどまっていますが、コロナ後をにらんで受け入れが進み、外国人材がこれまで以上に活躍し、宿泊業界がますます発展することを願うばかりです。