今後、労働人口が減り、AI化も進み、人ができる仕事は絞られていきます。そのようなさなか、人にしかできない仕事として「ホスピタリティの高い接客」が挙げられます。しかし、実際に「ホスピタリティの高い接客をしましょう」と言われても、具体的に何をすればいいのかわかりませんよね。そこで今回は、ホスピタリティの概要やホスピタリティを高める方法について、日本ホスピタリエ協会代表理事である安東徳子さんにお話を伺いました。
通常のサービスとホスピタリティは似ているようでまったくの別物です。物に例えるとすれば、サービスが既製品で、ホスピタリティは特注品ですね。サービスとはすべてのお客さまにあらかじめ準備した対応をとることです。サービスを受ける相手は不特定多数で、なるべく多くのお客さまに提供します。一定の対応を提供するため、マニュアル化ができます。
一方で、ホスピタリティとは自分から進んでお客さま一人ひとりの感情を読み取り、個々に対応することです。具体的には「特定の人に」「特定の場所で」「特定の時間に」特別なことをします。この行動はお客さまの気持ちを想定した時に生まれる「思い」から起こるものです。
また、ホスピタリティは相手の感情に共感することが前提のため、マニュアル化はできません。つまり、あらかじめ想定されているものがサービスであり、自発的に想定するものがホスピタリティです。
長い目で見ると大きく変わりますね。その理由は、ホスピタリティの高い接客を続けているとリピーターが増えるためです。たとえば、同じ商品・価格でも「マニュアル通りのサービスをするA店」「自分のことを気遣ってくれるホスピタリティの高いB店」があるとしましょう。「また行きたい」と思うほうは間違いなくB店でしょう。お客さまは、自分が大切にされていると感じる店を選びます。
方法はいろいろありますが、主に使っている方法はチェック式のお客さまアンケートや記述式のアンケートです。この2種類のアンケートを総合して図りますが、チェック式よりも記述式のほうが具体的に書かれているため参考になるでしょう。
また、飲食店や美容サロン、旅館などによくある口コミサイトも参考にします。匿名で投稿できることもあり、評価の理由を詳しく書いていることが多く、お褒めの言葉やお叱りの声など、具体的に知ることができます。
「観察力・想定力・共感力」を磨くことと「知識」をつけることです。そもそも前提として、ホスピタリティが生まれる過程には「観察→想定→共感」という流れがあります。そのため、この過程一つひとつを意識して実践していくことがポイントです。この3ステップができて、さらに知識量も増やせばホスピタリティの精度は上がっていきます。
第一に、観察力です。「誰と来ているのか?」「友達同士なのか?」「いつもと雰囲気が違うのはなぜ?」など相手を観察する力です。観察力には相手のことを知りたいと思う気持ちが必要です。観察力を磨くためには、普段から人の表情や声のトーンに注意を払うようにしましょう。また、固定概念をなくすこともポイントです。さまざまな角度から物事を考えることで、さまざまな可能性を見出すことにつながるからです。
第二に、想定力です。「いまどんな気持ちなのか?なぜこのお店を選んだのか?」など相手の考えを見極める力です。あり得る可能性をできるだけ多く考えることがポイントです。想定力を磨くためには、普段からさまざまなシチュエーションを観察して、ありとあらゆる可能性を想定してみましょう。
第三に、共感力です。「いま、この人の気持ちはこうだろうな…だからこうされたら嬉しいだろうな」など、相手の感情に寄り添う力です。感情に共感することで他人事から自分事になるため、つぎにとる行動が具体的に見えてきます。共感力を磨くため普段からできることは、聞き役に徹してみることです。そうすることで相手の情報を多く入手でき、共感ポイントを探すことができますよ。
第四に、知識です。知識が多ければ多いほど、お客さまの感情や真意を想定する際に、さまざまな可能性を考えることができます。知識には、一般的な教養、トレンド情報、世間の常識などがあります。では、「紅玉」を例にあげてみましょう。紅玉をくださいと言われ、そのまま出すのは当たり前です。しかし、紅玉が製菓用のりんごだという知識があれば「ジャムを作るのかな?」と想定できますよね。
そこで「レモン汁を加えて煮ると変色しませんよ」と伝えることができれば、お客さまはよい情報を教えてもらったと嬉しくなります。つまり、知識があれば会話が広がり、お客さまとの間にコミュニケーションも生まれ、お客さまの期待を超える接客ができるというわけです。
接客中、ホスピタリティを高めるために意識することは何でしょうか?
基本的には「観察・想定・共感」を意識します。接客中の場合はこれに加えて、お客さまの要望をしっかり聞き出すことも重要です。注意したいのが、お客さまの要望を聞き出す際、相手の視点で聞き出すこと。自分の価値観で判断しないように気をつけてください。また、お客さまの要望を聞き出している途中で、要望に応えようと行動しないこと。要望をすべて聞き出してから、まとめて提案するなど要望に応えましょう。そうしないと、お客さまの話の腰を折ることはもちろん、お客さまの真意が曖昧なまま接客することになるからです。
従業員全員がホスピタリティを高めるために、どのような職場環境を作るべきでしょうか?
上司が模範的な行動を見せること、従業員満足度を上げることが必要です。まずは上司や先輩が、高いホスピタリティとはどういった行動をさすのかを実際に見せます。
つぎに、そのような行動を取ったのかを理論的に説明してください。「なぜあのお客さまに、なぜあのタイミングで、相手から何を感じ取って」など、観察→想定→共感したポイントをひとつずつ説明しましょう。実際にホスピタリティの高い接客を見ることに加え、理由を論理的に説明されることで理解が深まります。
もう一つは、従業員満足度を上げることです。従業員満足度が高ければ仕事へのモチベーションも高くなり、顧客満足度にもつながります。具体的には、従業員が職場に大切にされていると思えるかどうかですね。日頃から、褒めるようにする、感謝の言葉を言うようにするとよいでしょう。また、従業員同士にもホスピタリティがあると、人間関係も良くなります。たとえば、挨拶ひとつでも「おはようございます」と「◯◯さん、おはようございます」では、個人名をつけて挨拶されるほうが気にかけてもらえていると感じませんか?
このように、職場環境づくりは個人間でできることばかりです。これを店全体でルール化して取り組めば、個人だけでなくお店全体のホスピタリティが高まりますよ。
ホスピタリティの質が高いと感じた事例についてお伺いします。
ホスピタリティの事例を、ホスピタリティに必要な「観察力・想定力・共感力」に照らし合わせながら2つお話します。
とある飲食店の例です。あるアーティストのライブ帰りに、ライブの熱が冷めなくて友人と飲みなおすことになりました。店内でライブの話をしていたら、スタッフの方が店内のBGMをそのアーティストの曲にしてくれました。おかげで、ライブの余韻に浸りながら幸せな気分でお酒が飲めたという事例です。
この事例からみてみましょう。まず、二人の会話から「◯◯のライブ帰りだ」と観察しました。つぎに「ライブの熱が冷めきらず盛り上がっているから飲みにきたのだろう」と想定しました。最後に「BGMが◯◯の曲だったらさらに余韻に浸ることができる」という気持ちを共感し実行に移しました。
もう一つは、とある介護施設の例です。お洒落でネイル好きだった高齢者の女性が、介護施設に入ってからネイルができなくなりました。彼女にとってネイルをしていない爪は、まるでスッピンで人前に出るような気分だったそうです。そこで、介護士が彼女にお洒落な手袋をプレゼントしました。その手袋は、食事の時など手元が見える時用にスッピンのネイルをカバーするためのものでした。
この事例から「観察力・想定力・共感力」をみてみましょう。まず、女性の身なりや言動、または親族からの話から、お洒落が好きだと観察しました。つぎに介護施設に入る前はネイルを欠かさずしていた人が、ネイルなしの爪でいることは恥ずかしいだろうと想定しました。最後に、キレイな手元で、食事をしたり人に会ったりすると気分が上がるという気持ちに共感し、手袋をプレゼントしました。
ホスピタリティの事例は一般的に、飲食店やホテル、テーマパークなどが挙げられますが、上記のような介護分野でもホスピタリティは重要です。つまり、ホスピタリティは人としての尊厳を守るためにも活用できるのです。
やや過剰なホスピタリティの例はありますか?
過剰だと感じたエピソードにはこのようなものがあります。
お気に入りの小料理屋に行った時、いつもはじめの一杯はワインを頼むので、その日も注文をしなくても「いつものワインです」と出してくれました。でも「今日の気分はワインじゃなくてハイボールなんだけどな…」と思うことがありました。ワインを出す前に一言「いつものワインでいいですか?」と聞いて欲しかったです。
これは一見、気の利いたサービスのように思えますが、タイミングの悪い過剰なホスピタリティだと言えます。このケースでいうと、人の気分は変わるものなので「今日はワインの気分ではないかな?」と想定する力が必要です。
また、ホスピタリティの注意点として「国籍の違い」があります。国が違えば、文化や宗教が違います。そのため、日本人には感動されることでも、外国人には過剰サービスだと捉えられる可能性もあるのです。つまり、相手に合わせてホスピタリティのレベルを変えて、過剰なホスピタリティにならないようにすることが重要です。
将来的に、ホスピタリティはどのように求められていきますか?
AIの発達によって接客が減る中、人にしか提供できない付加価値としてホスピタリティは今後もっと求められていくと考えています。今後、感情を使わない業務はどんどんAI化し、人が行う業務は感情を使うものが残ると考えられています。そのため、ホスピタリティはさらに求められるでしょう。何よりもまずはAIが得意とする業務、人にしかできない「感情」を使う業務には、どのようなものがあるのかを考えることが重要です。
AIが得意な仕事としては商品説明、情報伝達、問題解決、ミスをしない能力、データベース化して検索する能力などです。コールセンターの受付やビジネスホテルの受付、レジなど感情がなくてもできるものが該当しますね。最近では自動音声や自動のチャットツールも増えました。
人にしかできない仕事としては高額商品(不動産や車)や、特別な機会に購入する商品(大切な人へのプレゼントや婚約指輪)そして、専門知識が必要なものなどです。上記は条件が合うだけで購入は決定できません。購入意思決定には必ず「感情」がかかわります。
とくに、人にしかできない仕事の具体例として、高級時計を買うときを想像してください。デザイン、機能、価格すべて納得のいくものだったとしましょう。しかし「自分のメイクや髪型、持っている服装に合うのか?」「仕事でも使いたいけど、自分の業界やポジション的に華やかすぎないか?」などさまざまな感情が出てきます。このように感情は、お客さまとの会話の中でしか知ることができません。ホスピタリティの高い接客では、この感情に触れて、購入意思の後押しができます。
最後に、これからホスピタリティを磨いていく、教育していく事業者にメッセージをお願いします。
ホスピタリティとは「自発的に相手を観察して、相手の感情を読み取り、その気持ちに寄り添った行動を取る」ことです。これには「観察力・想定力・共感力」が必要で、どれも普段の生活中で意識すれば身につけることができます。今後AI化はさらに進みますが、人にしか提供できないサービスを究めて、高付加価値のある接客を提供しましょう。
専門家プロフィール
安東 徳子
一般社団法人日本ホスピタリエ協会代表理事。旅行、ホテル、ウエディングなどホスピタリティ業界のサービスクオリティ向上のコンサルタントとして活躍。ホスピタリティと共感力の研究に長年携わり、共感力についての著書も多数。
※この記事は2021年9月時点の情報です