前回は、退職金支払いへの備えとして中小企業退職金共済(以下、中退共)について解説しました。退職金は退職後の生活の安定資金という性質を有していますが、会社が従業員の老後生活の安定のために設ける年金制度の1つに「はぐくみ企業年金」があります。正式名称を「福祉はぐくみ企業年金基金」といい、厚生労働大臣の認可を受けて2018年4月に創設された企業年金制度です。また、「確定給付企業年金」に分類される企業年金制度でもあります。
制度の存在を知らない方も少なくないと思いますが、「はぐくみ企業年金」には、経営者、従業員それぞれにメリットがあり、活用を検討するに値する制度です。他の制度のように従業員だけが加入できる制度ではなく経営者も加入できる上、掛け金も元本保証されるのは大きな魅力です。
さらに、「確定拠出年金(企業型確定拠出年金やiDeCO)」では、積み立てた掛け金は高齢期(60歳以上)や定年退職後でないと年金や一時金を受け取れませんが、「はぐくみ企業年金」は年金として受け取れる他、退職時や休職時にも受け取れます。つまり、退職金への備えとしても活用できるわけです。
それではこの制度のメリット・デメリットを、会社側と加入者(経営者や従業員の方)に分けて解説しましょう。
法定福利費が軽減でき、従業員満足度も向上
まずは、会社側のメリット3つとデメリット1つを紹介します。
【会社側のメリット1】中小企業も導入可能
はぐくみ企業年金は原則として厚生年金の適用事業所であれば、一定要件を満たせば中小企業や規模の小さい会社でも制度導入が可能です。ただし、一定のケースに該当する場合は、制度を導入できません。一定のケースには、個人事業主や役員のみの法人などが該当します。また、前回の「中退共」では全従業員の加入が条件でしたが、はぐくみ企業年金は従業員の加入は任意で、制度導入時に最低1名の加入者を必要とします。
【会社側のメリット2】法定福利費の軽減
はぐくみ企業年金は、従業員が給与を現状のまま受け取るか、給与を「給与+退職金掛金」と区分して給与の一部を退職金掛金とするかを自由に選択できます。つまり、自分の給与の一部を退職金として積み立てるイメージです。この制度を選択した場合、退職金掛金については給与扱いとならないため、社会保険料がかかりません。会社が負担する法定福利費も軽減できます。
【会社側のメリット3】従業員満足度の向上
この制度の導入により従業員満足度が向上し、従業員の定着率が上がるとともに求人にも有利となります。
【会社のデメリット】追加負担の発生する可能性
はぐくみ年金は加入者の元本が保証されますが、掛け金の積み立て不足が発生した場合、会社が不足分を補塡する必要があります。ただし、基金が設立されてから現在まで会社側の負担は発生していませんので、デメリットには至らないかもしれません。
元本保証で社会保険料、所得税を軽減できる
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次に、加入者のメリット5つとデメリット1つを紹介します。
【加入者のメリット1】元本が保証され、掛け金の変更も可能
はぐくみ企業年金への加入者の元本は保証されています。また、会社ごとに原則として年2回掛け金の変更も可能です。掛け金は1000円単位で選択でき、最大で給与額の20%まで設定できます。
【加入者のメリット2】高齢期の資産形成が基本だが、退職時などにも受給可能
はぐくみ企業年金は高齢期の資産形成のための制度ですが、退職時にも給付金を受け取れる他、休職時や育児・介護休業時も受給可能です。「確定拠出年金」(iDeCoも含む)は、積み立てた資産は高齢期や定年退職後でないと受け取れませんので、退職金としての役割を担います。
【加入者のメリット3】社会保険料の軽減
社会保険料の計算上、「退職金掛金」分は「給与」に含まれません。社会保険料の保険料額算定の基礎金額に含まれないため社会保険料も軽減されます。
【加入者のメリット4】所得税の軽減
「退職金掛金」は「給与」として課税されないため、毎年の所得税の負担が軽減されます。さらに、退職時に受け取る退職金は「退職所得」として所得税が課税されますが、「退職所得」に対する所得税の計算は優遇されていますので、税負担が軽減されます。また、休職・休業時に給付金を受け取る場合、所得税法では「一時所得」扱いとなり50万円控除されますので、退職所得同様、税負担が軽減されます。
【加入者のメリット5】他の共済との併用が可能
確定企業年金(企業型DC・iDeCo)や中小企業退職金共済(中退共)との併用が可能です。ただし、確定企業年金においては掛け金の上限額が変わりますので注意が必要です。
【加入者のデメリット】
加入者のメリットに社会保険料の負担軽減を挙げましたが、毎月納める社会保険料が軽減されれば、社会保障給付額の基礎となる金額の減額につながりますから、社会保障給付額が少なくなる可能性があります。
以上のとおり、「はぐくみ企業年金」は経営者・従業員の退職時や休職、育児休業時などに備えつつ、年金や一時金を受け取れる制度です。充実したメリットやデメリットを十分理解して加入の是非を検討してください。より詳しく知りたい方は、Webサイト【公式】はぐくみ企業年金を参照ください。
執筆=笹崎浩孝
税理士・一般社団法人租税調査研究会主任研究員
国税局課税一部資料調査課主査、国税局個人課税課課長補佐、国税局査察部統括査察官、国税局調査部統括国税調査官をはじめ、複数の税務署長を経て、2021年7月退職。同年8月税理士登録。
編集協力=宮口貴志
一般社団法人租税調査研究会専務理事・事務局長
株式会社ZEIKENメディアプラス代表取締役。元税金の専門紙および税理士業界紙の編集長、税理士・公認会計士などの人材紹介会社を経て、TAXジャーナリスト、会計事務所業界ウオッチャーとしても活動。
一般社団法人租税調査研究会(ホームページ https://zeimusoudan.biz/)
専門性の高い税務知識と経験をかねそなえた国税出身の税理士が研究員・主任研究員となり、会員の会計事務所向けに税務判断および適切納税を実現するアドバイス、サポートを手がける。決して反国税という立ち位置ではなく、適正納税を実現していくために活動を展開。