国を挙げてデジタルトランスフォーメーション(DX)が推進される中、企業にとってこの波に乗り遅れないことが生き残りの1つの策になる。とはいえ、具体的にDXをどのように進めたらよいのだろうか。その中でも、総務部門を中心にしたバックオフィス業務のDXを推進するにはどうしたらよいか未知数に感じる企業も多いはずだ。日本で唯一の総務部門向け専門誌『月刊総務』の前編集長で、株式会社月刊総務代表取締役社長、戦略総務研究所所長の豊田健一氏に、バックオフィス業務とDXの関係を尋ねた。
バックオフィス、すなわち間接業務はどのような会社にも存在します。営業や生産などに直接関わらない部門で、総務や人事、経理、財務、広報、情報システム部、経営企画室などが含まれます。大企業ではこれらの業務を部門で分担していますが、中小企業では総務部門に多くの業務が集まる場合が少なくありません。バックオフィス業務全般を総務部門の仕事と考えたとき、私は「考える総務になりましょう」と提唱しています。
しかし、総務はやはり忙しいわけです。いろいろな仕事に巻き込まれ、考える余裕すらありません。そうした中で、私は「戦略総務」という提案をしていますが、ポイントとして「考える余裕を持って会社全体の業務改善を戦略的にしていきましょう」とお話しています。
実は、優秀な総務の仕事の仕方と総務のDX推進がめざす姿は、本質的には変わりません。例えば、優秀な総務担当者は、DXという言葉が生まれる前から、自分でやらなくていい仕事をツールに置き換えたり、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)などで業務の一部を外部委託したりして、働く場をコーディネートしてきました。その方法の1つとしてテクノロジーを活用したツールを使うのがDXです。
すなわち、DX推進を第一に考えるのではなく、いま一度、足元の業務をきっちり見直しながら考える時間を作って、戦略総務になりましょうということです。そこに、現在ならばテクノロジーがあり、考える総務になるためのツールや武器が増えているのです。
――ITベンダーなどからはさまざまなDX商材が案内されますが、これらのツールとどのように付き合えばよいでしょう。
ITベンダーは、「うちの商材を使えばDXできます」と紹介してきます。ただし、総務が関わるすべての分野についてのソリューションではなく、一部業務を効率化する商材がほとんどでしょう。これ1つ導入すれば、業務が全面的に変革できるわけではありません。多くのツールは、導入しただけでは情報をデジタル化する「デジタライゼーション」止まり。これでは、既存業務をどうやって楽にするかという「How」部分の解決にしかならないのです。
しかし、総務が考えなければならないのは、「What」と「Why」の部分です。どのような従業員体験(EX)を提供したいのかというWhatと、なぜそれが必要かのWhyを描く必要があります。その上で、「WhatとWhyを実現するためにはどんなツールがあるのか」というHowを考えるのが正しい順番なのです。
――WhatやWhyはどのように見いだせばよいでしょうか。
まず総務として、会社をどのように変えていきたいのかを考えなければなりません。例えば、どのようなオフィスを作りたいか、どういう働き方で生産性が上がるのかなどです。ただ、現場の意見をヒアリングやアンケートをして十分に聞くことも大切な視点。総務が提供するオフィスやサービスは、最終的には売り上げを上げる現場の従業員が使って価値を生み出します。社員の一人ひとりが何に困っているのか、どう働きたいのかを知り、ワクワクしながら喜んで仕事ができる環境を探し当てなければならないのです。
総務がプロダクトアウト的に導入したツールを現場に使わせるのではなく、「マーケットイン」の考え方で、現場の声を吸い上げながらツールを導入するとよいでしょう。仮に結果として同じツールを導入したとしても、従業員の声を吸い上げて導入したツールならば使う側も納得します。現場をどれだけ見られるか、考えられるか、そしてイマジネーションを働かせられるか――。総務担当者にとって、これは腕の見せ所だと思います。
――具体的に、DX推進の端緒を発見するにはどのような考え方が必要だと思いますか。
業務改善は、古くから「やめる」「変える」「減らす」がポイントです。総務に限らずDXを考える際には、多くの場合、デジタル化や最新ツールの導入によって業務を「変える」ことから入りがちです。しかし、その業務は本質的に必要なのかを考えなければなりません。
例えば、営業車両のDX化を考えるとしたら、そのときに「うちの会社は営業車両がなかったら営業できないのか?」と、聖域をなくして考える必要があります。まずは、「やめてみる」ことを考え、テクノロジーで代替したり、インハウスの社員ではないところに委託したりする対策を考えることが大切です。
そして、思考停止は最大の問題です。先輩の仕事は間違いがないとしても、それはいつ確立したものなのかとまず考えてみましょう。例えば、20~30年前のマニュアルを後生大事に使っている業務をデジタル化して、それをDXとするのは正しいのでしょうか。総務は「最適化のわな」に陥りやすいと考えています。その時点ではよりよくできた仕組みでも、その後に何も見直さないと、時代に取り残されて陳腐化してしまいます。DXを推進するならば、思考停止したままではなく、毎年のように全部の業務について見直しをしていく必要があると思っています。
DXで何ができるかを考える
――DXを推進するときのポイントを教えてください。
1つの例として、紙をなくしたいと考えます。紙の申請書をPDFにしたりデータにしたりするなどを検討しますよね。しかし、そこで重要なのは、「どんな紙が会社に存在しているか」を棚卸しして、その紙が「業務にとって必要なのか」を考えることです。紙があるのは何かを伝えたかったわけで、その当時は紙が最適なツールだったのです。では、その「伝えたかったこと」は今も必要なのかと考えていくと、本当に必要な業務だけが残ります。そこで、ワークフローを入れるなり、電子契約システムを使うなりしていけばよいのです。必要なのは紙ではなく、“伝えたいコト”なのです。
もう1つ、総務の業務という意味では、現場で自己完結させる必要があります。昔は、何でも総務に依頼しました。備品の発注も出張の手配も、すべて総務が行っていましたが、今はネットサービスを使えば備品は現場で発注でき、出張の手配もネットで完結します。そのほうが現場としても利便性が高いのです。社内の問い合わせ業務も、総務に内線電話で問い合わせるのではなく、AIチャットボットに任せれば総務が関わらずに現場で完結します。個別最適を図ることができ、総務が関与せずに24時間365日のサービスを提供できるのです。多くの業務は現場に権限移譲して自己完結してもらい、総務は考える仕事にフォーカスする。それが戦略的な総務であり、DXをツールとして活用した会社のあり方だと思います。
――DXといっても、業務を改善する考え方そのものに大きな変化はないのですね。
DXというキーワードをきっかけに、どうポジティブに考えるかのマインドの変化が求められています。もし「いま気づきました」という場合は、明日からやればいいのです。やってこなかった過去を振り返っても仕方ない。気づいたらすぐにやろうよとお伝えしたいです。
豊田 健一(とよだ・けんいち)
早稲田大学政治経済学部卒業。株式会社リクルートで経理、営業、総務、株式会社魚力で総務課長を経験。日本で唯一の総務部門向け専門誌『月刊総務』前編集長。現在は、月刊総務代表取締役社長、戦略総務研究所所長、(一社)FOSC代表理事、(一社)ワークDX推進機構理事、ワークフロー総研フェローとして、講演・執筆活動、コンサルティングを行う。