いま話題のトレンドワードをご紹介する本企画。第9回のテーマは「物流の2024年問題」です。言葉の意味、そしてその背景や関連する出来事を解説していきます。みなさまのご理解の一助となれば幸いです。
コロナ前の話にはなりますが、情報によれば、日本が直面する「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「働く方々のニーズの多様化」などの課題に対応するため、投資やイノベーションによる生産性向上に加え、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境をつくること、つまり「働き方改革」が必要とされています。個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現することで、成長と分配の好循環を構築し、働く人一人ひとりがより良い将来の展望を持てる社会づくりを政府はめざしています。
「働き方改革」の推進に伴い、2018年7月「働き方改革関連法」が成立しました。これは「労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を総合的に推進するため、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保等のための措置を講ずる」ことを目的としています。以下、少し具体的な政策を見ていきましょう。
①時間外労働の上限規制(一般則):時間外労働を法律で罰則付きで規制
・施行:2019年4月1日~(中小企業は2020年4月1日~)
・残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間とし、臨時的な特別の事情がなければ基準を超えることはできなくなった。
・臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、月100時間未満、複数月平均80時間を超えることはできない。原則である月45時間を超えることができるのは、年間6カ月まで。
・自動車運転業務、建設業、医師などにおいては上限規制に5年間の猶予や除外を設ける。自動車運転業務は猶予期間終了後上限年960時間、建設業は一般側を適用、医師は上限年960時間/月100時間未満を適用する。
※その他「働き方改革関連法」による労働時間法制の見直し
・「勤務間インターバル」制度の導入を促す。
・月60時間を超える残業は、割増賃金率を引き上げる(大企業は2010年4月から、中小企業は2023年4月1日から、25→50%に。)
・労働時間の状況を客観的に把握するよう、企業に義務づける。
・子育て・介護しながらでも、働きやすくするよう「フレックスタイム制」制度を拡充、労働時間の調整が可能な期間を延長(1カ月→3カ月)。
・専門的な職業の人が自律的で創造的な働き方ができるよう「高度プロフェッショナル制度」を新設。
②年次有給休暇の取得義務化:年5日の年次有給休暇を取得させることを企業に義務づけ
・施行:2019年4月1日~
・全ての企業において、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、年次有給休暇のうち年5日については、使用者が時季を指定して取得させることが義務となった。
③雇用形態に関わらない公正な待遇の確保
・施行:2020年4月1日~(中小企業は2021年4月1日~)
・同一企業内において、正規雇用労働者と非正規雇用労働者(パートタイム労働者、有期雇用労働者、派遣労働者)との間で、基本給や賞与などの待遇ごとに不合理な待遇差を設けることが禁止された。
生産性の向上とよい労働環境の維持には、職場の管理職の意識改革、非効率な業務プロセスの見直し、取引慣行の改善(適正な納期設定など)などを通じて、長時間労働をなくしていくことが必要と考え、厚生労働省は、啓発、支援を行っていく方針です。特に残業時間の上限規則の規定は、「労働基準法」が制定された1947年以来初めての大改革。残業時間の上限は、それまで法律上の規定がなく行政指導のみであったものが、残業時間の上限を定めるのみならず、「6カ月以下の懲役又30万円以下の罰金」という厳しいものとなった点も、大きな変更といえるでしょう。
企業に与えるインパクトは?
自動車運転業務の労働環境は、若手不足や高齢化などでの人手不足の一方、EC市場の急成長やコロナ禍による宅配便の取り扱い個数の大幅な増加などで、長時間労働の慢性化という問題を抱えています。先述のように「働き方改革関連法」における時間外労働の上限規制は、一般企業には2019年(中小企業は2020年)から施行されましたが、自動車運転業務を含む一部業種では、業務内容の特性上、長時間労働になりやすい業種であることから、長時間労働の是正には時間がかかると判断され適用が猶予もしくは除外されていました。
上記猶予期間が終わり、2024年の4月から時間外労働の上限規制が自動車運転業務にも適用されます。これに加え、2024年4月から適用される「改善基準告示」により自動車運転者の労働時間の基準が改正されます。詳しくは、全日本トラック協会「貨物自動車運送事業者の皆様へ~労働関係法令が改正されました」を参照するとよいでしょう。今回の「物流の2024年問題」の要因の1つとなる、トラック運転者の「改善基準告示」の改正の主な内容は下記の通りです。
①1年、1カ月の拘束時間
1年…3300時間以内(改正前は3516時間)
1カ月…284時間以内(改正前は原則293時間、最大320時間)
②1日の拘束時間
13時間以内(上限15時間、14時間超は週2回まで)
③1日の休息時間
継続11時間与えるよう努めることを基本とし、9時間を下回らない(改正前は継続8時間)
④運転時間
2日平均1日…9時間以内、2週平均1週…44時間以内
⑤継続運転時間
4時間以内(SA/PAなどに駐停車できない場合は4時間30分まで延長可)
運転の中断時には原則として休憩を与える(1回10分以上、合計30分以上)
10分未満の運転の中断は、3回以上連続しない
⑥休日労働
休日労働は2週間に1回を超えない。
全日本トラック協会「物流の2024年問題」ページでは、従来からのトラックの運転者不足に加え、「働き方改革関連法」「改善基準告示」による労働時間の短縮で輸送能力が不足、今まで通りの物流が保てなくなる可能性が懸念されています。
国土交通省の「持続可能な物流の実現に向けた検討会」においても、対策を行わなかった場合、「営業用トラックの輸送能力が2024年には14.2%の不足、2030年には34.1%の不足、営業用トラックの輸送トン数は2024年には4億トンの不足、2030年には9.4億トンが不足する」と試算し、警鐘を鳴らしています。対策を行わなかった場合、トラック事業者においては「荷主や一般消費者のニーズに応えられなくなり、今までどおりの輸送ができなくなる」「今までどおりの輸送を継続するためにはさらにドライバーの増員が必要だが人材が確保できない」などの可能性が危惧されています。荷主においては「必要な時に必要なものが届かない」「輸送を断られる可能性がある」、消費者においては「当日、翌日配達の宅配サービスが受けられないかもしれない」「水産品、青果物など新鮮なものが手に入らなくなるかもしれない」などの事態が予測されています。
その解決に向け、「荷主とトラック事業者が連携して取り組んでいただきたいこと」として「荷待ち時間、待機時間の削減(予約システムの導入、出荷・受け入れ態勢の見直し)」や、「作業削減など労働環境の改善(パレット化による手荷役作業の削減、情報の共有化やDXによる業務効率化など)」「リードタイムの延長(長距離輸送は中1日を空けて満載での効率的な輸送を行う)」などが提案されています。
さらに「トラック事業者から荷主にお願いすること」として、「標準的な運賃などの収受(ドライバーの労働環境改善や働き方改革に取り組むための適正な運賃を収受)」「運送以外に発生する料金の収受(燃料サーチャージ、附帯作業料金、高速道路利用料など)」を提案、消費者には「再配達を減らす配慮(確実に受け取れる日時・場所の指定、宅配ボックス・ロッカー利用や置き配の推進)」「まとめ注文による運送回数の削減」が提案されています。
これから予測される課題は?
労働環境の改善を目的とする「働き方改革関連法」「改善基準告示」ではありますが、この規制は、物流の供給不足以外にも、稼働時間の減少によりトラック運転者や事業者の収入減が生じる、ドライバーのなり手がいなくなるなどの問題も抱えそうです。事業者にとっても、優秀な人材が心地よく長く働ける、よりよい環境作りが、業界が枯渇しないため、事業を継続するための重要ポイントでもあります。
「自動車運転者の労働時間等に係る実態調査事業報告書」にある「トラック事業者、改善基準告示を遵守することが難しい理由」によれば、荷待ち時間が発生するため、納品までのリードタイムや時間指定等の条件が厳しいため、積み込みや荷卸しが手荷役で作業が長時間となるため、自社側で効率的な運行計画を作れていないため、などの理由が挙げられています。
時間外労働時間を抑えて、従来通りもしくは従来以上の荷物を運ぶための1つの解決策は、業務の効率化を図って生産性を高めること、といえます。これには「物流の2024年問題」ページにある、物流の2024年問題の改善に向けて取り組むための「ガイドライン」「事例集」が参考になります。
運送業務の中には、荷待ち問題など業界全体で取り組むべき課題もありますが、自社内の課題は業務プロセスを見直しITツールなどを活用することで、効率化を図ることができそうです。運行管理システム、車両動態管理システム、配車支援・計画システムなどが想定されます。先述の「ガイドライン」や国土交通省「中小トラック運送業のためのITツール活用ガイドブック」も参考に、2024年問題に対応するソリューションもあるので、必要に応じてベンダーに相談するのも一案でしょう。
来年4月に向けての法改正に関しては、すでに対応が始まっているようです。トラック運転者の休憩場所が足りない、などのニュースも聞きます。「物流の2024年問題」ページにあるように、事業者、荷主、消費者が協力できれば、輸送能力不足はある程度改善できる可能性があります。荷主の立場で事業に携わる方も多いでしょう。滞りない物流を保つために自分たちに何ができるかを考えてみるとよいかもしれません。4月の大きな変化に備えて今後も動向や情報をチェックしつつ、早めの対応を行っていきましょう。
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