いま話題のトレンドワードをご紹介する本企画。第13回のテーマはスッキリわかる「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」です。言葉の意味、そしてその背景や関連する出来事を解説していきます。みなさまのご理解の一助となれば幸いです。
厚生労働省によると「ダイバーシティ&インクルージョン」(以下「D&I」と略)とは「年齢や性別、国籍、学歴、特性、趣味嗜好、宗教などにとらわれない多種多様な人材が、お互いに認め合い、自らの能力を最大限発揮し活躍できること」とあります。ダイバーシティ(diversity)とは、形や性質がさまざまであるという意味で、日本語では「多様性」と訳されます。
インクルージョン(inclusion)とは、「包括」「包含」「包摂」という意味で、ビジネスにおいては、企業内すべての人が尊重され能力を十分に発揮できる状態をいいます。少子高齢化、ビジネスのグローバル化、産業構造の変化(DX化など)などにより優秀な人材が不足しがちな昨今、女性、高齢者、LGBT、外国人、障がい者、子育てや介護中の人など、あらゆる人材を組織に迎え入れる「ダイバーシティ」が求められ、その上で、あらゆる人材が能力を最大限発揮でき、やりがいを感じられるように整える「インクルージョン」が求められます。
アメリカは、1860年代の奴隷解放宣言により奴隷制度が廃止され、1830年代からの女性解放運動により女性が参政権を勝ち取るなど、個性を尊重し差別を撤廃するという考えが根付いています。ヨーロッパでも、地続きの国々にさまざまな民族が生活しており、多様な人々を受け入れてきた歴史があります。
また、アメリカでは「女性人材の確保・活用」と「人種の平等」などの観点から1960年代、公民権法や雇用機会均等委員会が整備され、雇用差別を受けた人が訴えを起こせる制度が整いました。1980年代以降には「ダイバーシティ」が企業発展に効果があると認識され始め、大手企業を中心に、競争力を高める人事戦略として多様な人材を組織内で受け入れ包括する「D&I」が広がりました。
日本においては1985年「男女雇用機会均等法」をきっかけとして、1999年の「男女共同参画社会基本法」が成り立ち、男女の平等が義務化されました。そして2012年、経済産業省は「ダイバーシティ」を方針の1つに掲げ、2017年には男女平等以外に国際人材などさまざまな多様性を受け入れる「ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン」を策定しました。ダイバーシティ1.0から2.0への経過については、経済産業省「ダイバーシティ1.0の限界(METI Journal ONLINE)」がわかりやすいでしょう。以下、あくまで一例ですが、日本において今後さらに注目され得る多様性やその課題点を項目として挙げてみました。
○多様性の種類
・性別…男女の格差
※日本においては性別による平等が義務化されたとはいえ、他国に比べての企業の女性取締役の少なさや、子育てや介護は女性が行うなど役割の固定概念も大きく、十分に包括されているとはいえない現状があるとされる
・LGBTQ+…性的志向
※LGBTQ+とはレズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)に、クエスチョニング、クィア(Questioning/Queer:自身の性のあり方を決めていない人など)とプラス(+:LGBTQに分けられない人など)の頭文字を合わせた特定の性的少数者を包括的に指す総称。
・国籍・人種…国籍、生まれ育った場所、肌や瞳の色など人種的特徴、民族、文化や習慣など
・年齢・世代…年齢や生まれ年、世代にかかわる多様性。定年退職後などの高齢者、正規雇用前の学生、出産・子育て世代の主婦など。そのほか「ミレニアル世代」「Z世代」「X世代」など生まれ年でくくられる特徴的な世代など
・障がい…障がいの有無、抱える障がいの種類など
・環境…子育て中、介護中、闘病中など、フルに仕事を行うのに差し障る諸事情など
・特性…趣味嗜好、容姿、宗教、学歴、ライフスタイル、価値観など
・属性…勤続年数、キャリア、職歴、経験、スキル、資格など
さまざまな多様性を認識し、違いがある人々が能力を発揮しやすい環境を作り上げていくD&Iが企業の発展につながる、という考え方は1980年代から広がったと述べましたが、日本においては、コロナ禍が終息した今、今後の大きな課題として向き合うことが急務と思われます。
D&Iの一歩である男女平等も、内閣府男女共同参画局「諸外国における企業役員の女性登用について」によれば、上場企業の女性役員の割合は年々増えてはいるものの、諸外国には及ばないことがわかります。「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023」には「2030年までに女性役員比率を30%以上とする」とありますが、なかなか難しいところでもあります。
上記にも挙げた「Z世代」については「経営世代とZ世代に意識ギャップ?カギは理解と共感」という記事を書いたことがあります。厚生労働省の「高年齢者の雇用」を見ると、高齢者の雇用が今後の人材確保に重要な要素であることがわかります。このように日本では、今以上に広い年齢・年代の多様性を受け入れていく必要があります。その他、「引きこもり」層のリモート採用など、視野を広げアイデアを凝らしていけば、さまざまな労働力を企業の力にできる可能性が高まりますが、あらゆるシチュエーションにD&Iという課題が付いてきます。
企業に与えるインパクトは?
「ダイバーシティ2.0」に基づく「ダイバーシティ経営」を推進する経済産業省の取り組みは「ダイバーシティ経営の推進」で参照できます。「ダイバーシティ経営」とは「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」という定義です。
経済産業省は、女性をはじめとする多様な人材の活躍は日本経済の持続的成長にとって不可欠と考え、企業の経営戦略としてのダイバーシティ経営の推進を後押しするため、「新・ダイバーシティ経営企業100選」(令和2年度で事業終了)や「なでしこ銘柄」を選定しています。
具体的に企業が進めるべき方策は、中堅・中小企業の皆さまを対象に「多様な人材の活躍」の実現に向けたリーフレット「3拍子で取り組む~ 多様な人材の活躍を実現するために」がよいガイドとなるでしょう。リーフレットによれば、これからの中堅・中小企業の経営は「多様な人材の獲得・活躍の実現」がカギになるとし、多様な人材の活躍に向けた取り組みを行い、企業の価値創造につなげる「ダイバーシティ経営」を推奨しています。
そして、ダイバーシティ経営を行う企業は「人材の採用や定着、売上高・営業利益等の主な経営成果のすべての項目において、企業にとって効果的な結果」を出している、といいます。ダイバーシティ経営では「経営者の取組」「人事管理制度の整備」「現場管理職の取組」という「3拍子」をそろえることがポイントとなり、三者(経営者、人事担当、現場管理職)がそれぞれ果たすべき役割(子項目)を実行していけば、企業は生まれ変わり、強い企業体力をつけられる、という仕組みです。
①経営者の取り組み
・「多様な人材の活躍」の経営ビジョンへの盛り込み
・経営姿勢・理念が従業員に浸透するための行動 など
②人事管理制度の整備
・勤務環境・体制の整備
・能力開発支援施策の整備
・評価・報酬制度の整備 など
③現場管理職の取り組み
・経営戦略と個々の業務をひもづけた業務指示
・人材のキャリアの希望に即した業務付与
・多様な人材が活躍可能な職場づくり など
実際に売上高・営業利益等の主な経営成果のすべての項目において、よりよい結果が出ている統計も示されています。自社において「3拍子」がどのくらいそろっているか、診断ツールや診断シートでチェックできるので、まず一歩としてやってみるとよいでしょう。「ダイバーシティ経営実践のための各種支援ツール」から利用できます。
これから予測される課題は?
前項で取り上げた経済産業省の取り組みは、D&Iの「D」の部分に重きが置かれているように思います。ただし、多様な人材が企業に定着し、能力を最大限発揮し続けていくためには、それぞれの経験や能力、考え方を認め、特性や能力を生かし、居やすい環境や人間関係のなかで永続的に活躍していける「インクルージョン」が必要となります。
インクルージョンは、ダイバーシティに比べ、推進度や進捗度が目に見えにくいといわれています。多様な人材の導入後、経営者や人事部、管理職などが、いつでも気を配りあらゆる施策を考え、実施し、多様性を受け入れる姿勢を社員全員に浸透させていく必要があります。「D」と「I」が十分に満たされた「D&I」の実現には、すべての社員が多様性を受け入れ、広い視野と心、思いやりの気持ちを持てる職場づくりを必要とします。
また、経済産業省は、企業におけるダイバーシティの実現を妨げる課題の1つとして、ほとんどの人が持つといわれる「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」を挙げています。これは、先入観や固定概念によるものの見方、捉え方のゆがみ、偏りのことで画一的な組織を生み、企業の発展を阻みます。無意識だからこそ、それを認識しマネジメントしていくことが重要とされ、昨今、アンコンシャス・バイアスの認識やマネジメントを目的とする研修が広く行われています。企業の取り組み状況や研修のあり方の確立に向けた検証結果は経済産業省の調査報告書から見ることができます。民間でも「アンコンシャス・バイアス研修」は一般的に広く行われていますので、自社に合うものを探して取り入れるとよいでしょう。場合によってはベンダーなどに相談するのも1つの手です。
D&Iは今後の日本や企業の発展に欠かせない概念です。コロナ禍も終息した今、国際的な人材をはじめ、あらゆる多様な人材の雇用がカギとなります。診断ツールやさまざまな情報などで現状を知り、方策を探っていきましょう。
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