プロジェクトリーダーは、「ステークホルダーをいかにマネジメントするか」に最も労力を使います。仕事の8 割の時間を、ステークホルダーとのやり取りに費やすといっても過言ではありません。
中でも神経を使うのが、ステークホルダーとの合意形成でしょう。プロジェクトリーダーは、プロジェクトの立ち上げから計画、実行、終結に至るまで、さまざまな合意形成のシーンに直面します。
特に、困難を要するのが、業務改革を伴うシステム開発プロジェクトです。業務を改革するには、業務側の協力が欠かせません。ただし、業務の改革は「自分たちのこれまでの仕事を否定する」ことを意味するため、プロジェクトの必要性についてすら、なかなか合意を得られないのが現実です。
とはいえ「経営層の指示だから」とトップダウン的に進めると、ステークホルダーは表面上協力しているように見えても、実際には納得していない場合が多くあります。そのため、プロジェクト完了後に、肝心なところは何も変わっていない、システムが出来上がっても活用されない、といった事態に陥ってしまうのです(図1参照)。
プロジェクトチームの内部でも、合意形成が必要なシーンが多くあります。プロジェクトの計画段階では、プロジェクトをどのように進めるのかを利用部門や経営層と合意した上、プロジェクトチーム内でも合意しなければなりません。合意しないまま進めれば責任問題になりますし、何よりも合意を得ていない計画では、メンバーのやる気が出ないでしょう。それではプロジェクトの成功が難しいのは明らかです。
この合意形成は非常に面倒です。時間ばかり掛かって、何も生み出さない不毛なプロセスのように思えるかもしれません。しかし、結果を出すプロジェクトリーダーは、この面倒な合意形成のプロセスに正面から向き合います。泥臭い人間関係の調整から逃げないのです。合意形成のないプロジェクトに成功はあり得ないことをよく知っているからです(図2参照)。
なぜ合意形成はそこまで難しいのでしょうか。それには大きく3つの要因があります(図3参照)。
(1)人は感情の動物である
まず、何よりも大きいのが感情の問題です。人は理屈だけで動く動物ではありません。むしろ、感情で動く動物といえるでしょう。理屈では分かっていても、感情が追いつかないことがよくあります。
例えば、プロジェクトの進捗が遅れていて「メンバーは休日出勤で対応する」となったとします。プロジェクトリーダーから「休日出勤を頼む」と言われたとき、そのリーダーがAさんだった場合は「なんで自分たちがそんなに働かないといけないんだ!」と憤慨するにもかかわらず、同じことを別のリーダーであるBさんに頼まれたら「仕方ないですね」とすんなり聞く、ということがあります。
あるいは、業務改革を進めるに当たって、理屈では「今のままではダメだ」「常に業務は改善しなければならない」と分かっていても、「これまで親しんだやり方を変えるのはイヤだ」「今のままで何の問題もないじゃないか」と心の中では思ってしまうのは理解できます。
人は、感情的に「イヤだ」と思っても、仕事の場面ではそのまま表現しません。「こういう問題がある」「逆に手間が増える」「コストが増えてもいいのか」のように、別のことに置き換えて主張します。
誰しも好き嫌いから逃れられないし、現状を変えることへの抵抗感があります。仕事だからといって、それが無くなるわけではないのです。しかし、それでは仕事にならないのも事実ですから、収まらない感情にうまく対処する必要があります。
(2)同じものを見ていても、人によって解釈が異なる
2つめの理由は「解釈の違い」です。同じ現象、同じものを見ていても、人によって理解の仕方が異なります。
ビジネス書などでよく見かける寓話(ぐうわ)の1つに「暗闇の中でゾウをなでる」話があります。
数人の男が暗闇の中で、ゾウをなでています。1人が「ゾウはパイプのような形をしている」と言い、別の男は「いや、ゾウは柱のように太い棒のようなものだ」と言い、また別の男は「いや、大きな扇のような形をしている」と、それぞれがゾウを評しています。しかし、誰もゾウの本当の姿を理解していないという話です。
プロジェクトを進める上でも同じような事態がよく起こります。例えば、業務改革プロジェクトに後ろ向きの人がいたとしましょう。ある人は「あいつはいつもやる気がないから」と言い、別の人は「仕事が増えるのがイヤなんだろ」と言います。さらに別の人は「そんなことはない、彼はいつも真面目に仕事している」と言います。
しかし、誰一人として彼が業務改革に後ろ向きの理由が分かっていません。そもそも、本当に後ろ向きなのかさえ、誰も分かっていないのです。よく聞いてみると、本人は「業務改革の必要性は十分認識しているし、業務を良くしたい。でも、今の進め方ではうまくいかないと思っている」という場合が多いのです。
物事の現象は1つですが、それをどう解釈するかは、人によってまちまちです。先ほどのゾウの寓話のように、自分が理解できる範囲は全体のうちの一部でしかない場合が多くあります。この自分が理解した部分を前提に議論してしまうので、なかなか合意に至らないのです。
(3)人はやらされるのがキライ
合意形成を難しくする3つめの理由は「人はやらされるのがキライ」だということです。
持っている意見や立場が異なる人たちが合意しなければならないとき、その場の雰囲気や大きな声の人の意見に押し切られることがあります。誰かが我慢しているわけです。我慢する人は、仕方なく合意したものの、納得しているわけではないため、やらされ感を持ちます。
業務改革の際に「このやり方ではうまくいかない」と思っているけれど、その場の雰囲気によって言い出せない、もし言えば「改革に後ろ向きだ」と思われる、といった場合です。反対はしないけれど、実は賛成もしていない。しかし、「どうせうまくいくわけがない」と思っていることに、積極的に協力できるわけがありません。
人は自分で決めたことにはコミットしますが、人に「やらされる」ことにコミットするのは難しいものです。その場では合意したとしても、結局は十分に協力しなくなりがちです。
つまり、機能する合意形成には、「人の感情に対処すること」「共通の理解を得ること」「コミットメント(責任ある約束)を引き出すこと」が重要なのです。